Vilnus, Warsaw, and Auschwitz

 For these two days. I have been staying in Krakow, Poland. I came here by bus through Vilnius in Lithuania to Warsaw in Poland. I stayed in VIlnius almost one day and half. Vilnius is very beatiful city with baroque style buildings and variety of churches. Vilnus is kind of distinguished from other Baltic countries capitals like Tallin and Riga, for Vilnus has more continental European atmospher, influenced a lot by Poland.

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       (A Japanese popculture event was going on during my visit!)

 Warsaw, the capital of Poland, was very modern and busy city with many big buildings. During war period, this city was completely destroyed by Germany. Even though the old town was re-constructed as it was in the center, since the contruct between new city and old town is so huge that it seemed to me kind of unbalancing city.

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 But what I enjoyed here was the history museum located in the old town. They showed the detailed history of Poland. especially how they struggled to get independence from other big countries such as Germany and Russia. The exbitions of many resistance attempts under the control of Germany during world war 2 were amazing. This is exactly what people had to go through in order to obtain their freedom and democracy…

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 Here in Krakow, today I visited Auschwitz a most famous concentration camp, where more than 1 million Jewish people were killed. Unlike my assumpsion, Ausuvtz was very calm and bright places. The land was spreading out in open area, without anything to block us from seeing. I guess there was nothing strange about this place if you enter here without knowing anyghing about it. Some places looked like just ordinary factories, although what they systematically “procuded” there was piles of corpse.
 
 How could human become so cruel to human? History shows that human can become either a angel or devil depending on circumstances. It requires restless effort to keep ourselves on good nature. Reminding us of our history that human can be of evil nature is the only way we can maintain our good sense.

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Lithuaniar, Nature religion

 Hej. For these three days, I have been staying with my friend, in Kaipedia, Lithuania. It has been very fascinating for me here in Klaipeda. She and her family are amazingly so kind that they treated me as if I were VIP guest and showed me to all the interesting places in this town.
 One of the very interesting things I found here is that Lithuanian people used to strongly believe in a nature religion and even nowadays some of them have clear awareness of their belonging to this natural religion. According to this religion, God exists in nature, especially in the sea, forest, wind.. It seems to me that it sounds very similar to Japanese indeginous religion, Shinto.
 There used to be many pagans (minor religions) throughout Europe in the long past. However, these pagans were abandoned and replaced by Christianity. Christian philosophy assumes that human must control nature and nature must be conquered. Thus, these nature belief has to be abandoned.
 It was in 1387 that Lithuania converted its own religion to Christinity, Catholic. Lithusnia was the last country in Europe for conversion to Christian. However, even after Lithuania became Christian, some people, if not many, were reluctant and tried to remain their pagans.
 We went to some of the places where they believe there were festivity related with this pagan. In the forest, many sculptures which were shaped like human, represents variety of Gods, from fire, water, to wind. Some of the caves also showed how people worship for nature God.
 Interesting thing is that now more and more young people in Lithuania started to sympalize with this nature pagan instead of Christinity. Every year on 15th August, some people gather in forest and celebrate for nature by making fire and singing songs.. It might be that because Lithuania had been under control by Russia for a long time, Lithuanian people now try to find their own identity by looking back to this pagan.
 Anyway, I am very happy to see some similarities between Japan and Lithuania in terms of nature religion.

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Dream is over

 ィンランド、特派員プログラムが終わりました。あっという間の一ヶ月でした。フィンランドについて何を学んだのか。フィンランドのイノベーション経済、福祉、教育、軍隊、外交、メディア、デザイン、音楽、振り返ってみると、直接に自分の目、自分の体で体験したものが多く頭に残っています。
やっぱり一番の思い出は、森のなかのサウナ。毎週必ず用意されていたサウナタイム。俗世から抜け出して、森のなかの小洒落たコテージで豪華な料理を食らい、ビールとワインを飲んで、サウナに入り、沈みかける太陽の光を浴びながら湖に飛び込む。僕にとってのフィンランドといえば、もうこれですね。この映像が頭のなかでぐるぐると回り続けています。
 その他の思い出といえば、丸々一ヶ月間をともに過ごし、学び、飲んで遊んだ仲間たち。世界の19ヶ国のジャーナリストたちですから、みんな煩わしいほどの個性を持っています。ブラジル人はひたすら喋り続ける。南アフリカは常にロッキー。ウクライナはいつも綺麗なテレビレポーター。イスラエルは議論になると絶対に折れない。エジプトはジャスチヤーがいちいち大きくて早口。ドイツは冷静でストレート…。ターキーはシャイであるが意外に毒舌。
 このなかには、参加者のほとんどが「こいつは大物になるぞ」というような、本当に肝の据わった”ザ・ジャーナリスト”もいたり。まあでも、みんな本当によく質問をする。このレクチャラーからはあまり多くを学べないと思うような場合であっても、とにかく質問を突きつけて何かしら引き出す。しかも自分の国ではこうだという具体的な事例に引き付けて投げかけることも多く、世界の色んな視点に触れることができて刺激的でもあります。
 いまはプログラムが終わり、住んでいた部屋を追い出されて、カナダの参加者と一緒にヘルシンキのユースホステル(オリンピックスタジアムの中にある)でこれまでのプログラムを半数したり、資料をまとめたり文章を作ったり、町を散策したり、追加の取材、インタビューをしたり、のほほんと過ごしています。そのカナダ人の友人はフリーランスのライターで、これからフィンランドの森林産業やエネルギー政策についてまとめてどこかの雑誌に載せる予定だといっています。僕は帰国後に、フィンランド大使館(かどこか)でプレゼンテーションの形で報告ができればと思っています。
 今週の土曜日からはリトアニア、ポーランド、チェコ、ハンガリーを旅行する予定です。それではまた!

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Magic Lapland

 週は、フィンランドの高校を視察訪問したり、デザインの会社を見て回ったりしました。その後、夜行列車でフィンランドの北部、ラップランドに向かいました。目的地は、あのサンタクロースの住まうロヴァニエミです。冬は一日中、日が出ない極寒の地ですが、オーロラに包まれる幻想的な町です。第二次大戦の終わりでは、ドイツ軍(ソ連ではありません)との戦争の舞台ともなり、町の90%が破壊されました。

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         ここではサンタに会って記者会見をしました。

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 ラプセットというフィンランド最大の遊具デザイン会社を訪問しました。ちなみにここの遊具の原材料はほとんどがラップランドで取れる木です。最近は、日本の「数読(Sudoku)」を使って「画期的な運動マシン=Smartus」を開発しました。画面に映る計算問題を足元のボードを蹴って回答します。任天堂のWiiみたいなものですが、ノキアとも連携しており、最新の機会をテクノロジーを駆使して瞬時にデータが携帯でもネットでも見られます。既にヨーロッパを中心に世界中の学校におかれています。

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          トナカイファームにも行きました。

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 ラップランドの東、ロシアとの国境付近のクーサモの国立公園をハイキング。そののち、川をラフティングしました。夜はもちろん森のなかのコテージで食事をして、そのあとサウナに入り、湖で泳ぎました。ラップランドはほんとに魅力的な場所であります。夢の世界です。

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Film in Finland

 日前、フィンランドフィルムアカデミーで、プログラム参加者のための試写会が行われました。そこで見たのは、「The house of dark butterflies(その家の暗い蝶々たち」です。映画監督は、ドメ・カルコフスキー氏。フィンランドの映画学校の卒業作品が認められて06年に監督としてデビュー。08年に製作されたこの作品がフィンランドでヒットして、今年も「Forbidden Fruit」という作品を続けてリリースしています。現在33歳、若くて力のあるフィンランド人監督の一人です。
 この映画の鑑賞後、カルコフスキー監督との会談の機会がありました。彼は母親が国連で働いていたこともあり、キプロス島で生まれ育ちました。明るくリラックスした環境で生まれ育った彼は、フィンランドに帰国後、フィンランドの暗くて抑うつ的な雰囲気に大きなカルチャーショックを受けたといいます。そんな監督は、社交的で英語もペラペラ、そしてとにかくしゃべる。ひとつ質問すると、マシンガンのように言葉が次々と出てきます。彼いわく「映画監督の仕事はコミュニケーションを取ること」だといいます。
 監督の話のなかで面白かったことの一つが、映画の補助金システムです。フィンランドのように人口が小さい国では、市場の論理で映画を作ろうとしても上手くいきません。総需要が小さいからです。そこで、独立機関であるフィンランド・フィルムアカデミーの補助金が大きな役割を果たしますが、そのお金の出所は、フィンランド人の税金ではなく、宝くじなのです。これにより、「自国民の血税は自国民のために使え」という圧力を弱めることができます。
 たとえば、現在、フィンランドの独立の父ともいわれる、フィンランドの歴史のなかでも最も重要な人物であるマンネルハイム大佐の映画を作っています。しかし製作予算を大幅にオーバーして完成が遅れています。国民も待望の映画だけに補助金を増やしてほしいと嘆願したところ、フィルムアカデミーの回答は「ノー」でした。フィンランドの国のイメージに関わる映画であろうと、関係ない。予算は限られており、他の映画にもお金を回さなければなりません。この組織の自立性の担保に、もしかしたら、宝くじという色のないお金は一役買っているかもしれません。 

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Home stay in Finland

 週の週末は、ホームスティでした。僕がお邪魔したファミリーは、ハリーさん。ヘルシンキから西へ60キロほど行ったところにあるインコーという町に住んでいます。家族構成は、ご夫婦、僕と同年代の息子さんが二人、そして一家のプリンセスである10歳の娘さんの5人。
 ハリーさん一家は、この特派員プログラムに限らず、いろいろとホームステイの受け入れをしているそうですが、日本人の受け入れは初めてだそうです。日本人はアメリカ人と並んで人気があるらしく、今回知らせを受けたときは嬉しかったとのこと。子どもたちもゲームが好きとか旅行を考えているとかで、すぐに仲良くなりました。浴衣と下駄を着て、折り紙の鶴を折り、おそば(持参)の食べ方を教えたら喜んでいました。こういう芸ができるのも日本人の特権でしょうね。感謝、感謝。
 家は少し古くて70年代に作られたアパートメントの一室です。部屋が4つ、大きなリビングルームと、ベランダがあります。アパートの地下には、もちろん、サウナと小さなプールがあります。安くてそれなりに広い、そして子どもを育てる環境としても良いので6年前に引っ越してきたといいます。(ちなみに息子たちの部屋も隣のアパートにあります)。
 インコーの町を歩いて散歩をしたり、船に乗ったり、近くのカフェに行ったり、そして近くの鉱山博物館に行ったりして大半を過ごしました。人口が4万人ほどののんびりと静かな町です。
 ハリーさんはフィンランドの一番大きな出版社のセールスマネージャーで、雑誌や新聞について詳しいのでいろいろと意見交換をしました。また夫婦で地方の議会にも社会民主党の党員として関わっていたこともあり、フィンランドの政治についても関心が高く、楽しい会話ができました。仕事をリタイアしたあとの夢は、夏の間はフィンランドのサマーハウスで過ごし、冬の間はどこか南の暖かい国で過ごすことだそうです…。フィンランド人の中流階級の豊かな生活を体験しましたとさ。

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President Ahtisaari

 きな体躯に鋭い眼光。スーツに身を包んだその男性は、フィンランド人らしくゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。ナミビア紛争、インドネシアのアチェ紛争、そしてコソボ紛争―。一つひとつの言葉の裏に、彼の辿ってきた歴史が刻み込まれている。次の言葉を紡ごうするとき、ゆっくり前を見つめたまま微動だにしない。
 「『いま』に焦点を当てる。そうすれば必ず解決策が見つかる」
 元フィンランド大統領で、去年ノーベル平和賞を受賞したアハティサーリ氏。彼の口から出る言葉は、低い声とは裏腹に、明るい。単なる希望的な観測を述べているに過ぎないかもしれない。それは彼も分かった上で言っているのかもしれない。でも、そういう大きな希望をあえて語れる政治家は少ない。72歳となっても、彼は止まらない。モットーは「毎日はいつも新しきもので溢れている」だと。
 現実を見ることは大事なことだが、それだけでは人は前に進めない。今回、時間を共にしたメンバーは皆、大きな夢を共有した。彼がノーベル賞を採った理由も分かった気がする。

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ムーミンがいっぱい

 月7日、この日はナーンタリ市でとっても重要な面会がありました。そう、フィンランドの大統領との面会です。現在のフィンランドの大統領はタリア・ハロネン氏。フィンランド初の女性大統領で、フィンランド市民からは「ムーミンママ」の名称で親しまれているらしいです(ほんとかな!)。

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 フィンランドの大統領は、ナーンタリ市にある大統領専用のサマーハウスで夏休みを過ごします。ナーンタリは数え切れない島々の集合体です。大統領のサマーハウスはそのうちの一角にあり、森を抜けた道の果てに白くて小奇麗なコテージが、広大な庭の敷地にポツンと立っています。12時半に我々が到着してのち、約束の13時まで大統領が来るのを待っていました。部屋は3つのテーブルに分かれており、私が座っていたのは大統領の専用ソファのすぐ隣の席でした。

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          ハロネン大統領が秘書の方とともに現れました。

 一斉に起立をして挨拶をすると、大手を広げて笑顔で迎えてくれました。スカートと薄い灰色のジャケットを羽織り、カジュアルで柔らかな服装です。大統領の簡単な挨拶のあと、和やかな雰囲気のなか「記者会見」のスタート。事前に用意しておいた質問を投げるというものです。テーマは、フィンランドと国際社会、ロシアとの関係、そして環境という比較的に大きく抽象的なものでした。さすが大統領のしゃべりは面白いですし、質問に対する答え方も巧みでした(少しずらしながらの婉曲的な回答!)。私としてはフィンランドの原発増産について聞きたかったのですが、残念ながらタイムアウトでした。

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 そしてこの後は、あの夢のムーミンワールドへの訪問。ムーミンを愛して止まない国を挙げれば、フィンランドの次に来るのは間違いなく日本(あるいはスウェーデン)でしょう。1990年代から現在にかけて、世界各国で流されているムーミンシリーズ(楽しいムーミン一家)はテレビ東京が作ったものです。このシリーズは作者のトーベ・ヤンソンのお気に入り(マーケットマネージャー談)でもあり、フィンランドでは毎年、次世代の子どものために放送されているそうです。

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 ナーンタリのメインの島から歩いていくと、細長く伸びる橋があります。橋を越えて森に入るとそこはもうムーミンの世界。ムーミン谷の警察署、郵便局を抜けたところに、島の中心にムーミンの家があります。小奇麗な青色の壁に、赤く彩られた屋根、すべて木造です。少し綺麗過ぎる点は除けば、まさに本物そのものです。ちょうどムーミンとフローレン、ミー、そしてスナフキンたちがやって来て歌を歌い出しました。日本でいう「おまじないの歌」だったと思います。子どもたちは大喜びで口ずさみます。フィンランドの子どもたちはムーミンでフィンランド語を覚えるといっても過言ではないでしょう。

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 「ムーミンを好きな人に悪い人はいない」。フィンランド人も日本人も「素朴」で「良い人」という点では同じようなメンタリティーを持っているのかもしれません。ブラジル人の参加者が「なんでフィンランド人の子どもはあんな静かにしていることができるんだ」と驚いていましたが、そういう素朴なモラルもムーミン文化を共有しているからと考えてみると何となく合点がいきます。

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Turku in Finland

 月6日、ヘルシンキから電車で二時間ほど西へ行きました。目的地はフィンランドの古都、トルク。約700年間、スウェーデンの支配下に置かれていたフィンランドの中心地だったところです。1809年にロシアがフィンランドの宗主国になったとき、スウェーデンの影響力を嫌い、フィンランドの首都を東のヘルシンキに移したのです。人口は17万人でフィンランドの第四の都市です。

 この日は朝からトルク市のガイドの下、町を案内してもらいました。バルト海の水が町を二つに分断するように作られました。橋によって大きく二つの地域に分かれており、下の島が産業地、そして上の島がいわゆる中心地です。トルクはエストニアのタリンとともに2011年のEUの文化町として指定されているのでその取り組みについても紹介してもらいました。

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 その後はトルク大学、そして現地の地方紙と地方テレビを訪問しました。トルク大学は1640年にスウェーデン支配の下で設立され、スウェーデン語での教育を行ってきました。1827年のトルクの大火のときに町が焼け果ててしまったため、大学はヘルシンキに移されることとなりました。これが今のヘルシンキ大学です。このときに貴重な文化品がヘルシンキに持って行かれてしまいました(トルクの人いわく「ヘルシンキに盗まれた」)。トルク大学が再び作られたのは1922年のこと。

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             トルク大学のメインの庭です。

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           トルク大学でのお菓子タイム。ムーミンドリンク。

  そして、トルク地方紙。ここの発行部数は11万ほどで、社員数は140名弱。フィンランドで第二の新聞です。紙面を見てみると、驚いたことに、表紙の一面が広告で埋め尽くされています。新聞不況はどこも変わらないようです。また、フィンランドは全国紙が一つしかありません。かつてはトルク地方紙が全国紙になるべく取り組んだそうですが、上手くいかなかったそうです。言論の多様性を考えれば一つの新聞というのはやはり不均衡な気がします。マーケットが小さいという理由はあるとはいえ、なぜこうなったのかについてフィンランドの歴史と照らして調べてみるのも面白いかもしれません。

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 夕食はVIPのみが使用するという海岸沿いの別荘でご馳走を頂きました。ようやくこのプログラムのメンバーの名前と顔が一致するようになり、ある程度打ち解けて会話ができるようになりました(といっても英語での砕けた会話は難しいですが)。夕食後はみんなとサウナをしてバルト海で泳いで遊びました。なんとも夢のような世界。このような貴重な機会を得られたことに感謝です。 

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Finnish language course

  Today we had two basic lessons of Finnish language in the morning. It was almost my first time to experience this language. Although Finnish grammer and pronunciation is quite tricky and difficult, I found some of the similarities between Japanese and Finnish particularly in terms of pronunciation.
  For example, do you know how to say number 100 in Finnish? It is sata, which is exactly Japanese name. And one of the most useful phases in Finnish is Mita kuuluu, which means how are you. But it sounds to me that “are you coming to Keio university in Mita?
  Anyway, after enjoying Finnish language course, we visited the national museum of Finland. This is very interesting place especially if you would like to learn about the history of Finland. They exhibited and described how Finnish people has survived and developed themselves in the period under the Swedish control for about 700 years and Russian for over 100 years.
  I am quite impressed by the painting whose name is “attack”. This painting is about the big hoak attaking the girl, trying to strip her book. Of course this hoak refers to Russia under Alexander Ⅲ who was oppresive toward Finland.
  From this point of view, it is understandable why there is still such thing as statue of Alexander Ⅱin the big square in front of cathedral. It is because Finnish people wanted to show the resistance to Alexander that you were not as good as the previous emperor(Czar).

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Finland, fake democracy?

 前中に簡単なオリエンテーションを済ませたのち、午後からプログラムが本格的にスタートした。今日のレクチャーは「ジャーナリストと情報源」と「フィンランドで働く特派員」の二つ。最初のレクチャラーはフィンランドの全国紙であるヘルシングサノマットの男性記者。お話の内容は主に「フィンランドは世界で最も透明な民主主義国だといわれるが本当にそうなのか」というもの。
 彼の主張を強引にまとめると次のようになる。フィンランドはジャーナリストにとって取材し易いし、権力の側も進んで情報を開示する。その意味では透明性はあるといえる。ただし、その場合には小国という要素を勘案しないといけない。ものすごく単純に考えたとして、フィンランドよりも人口が十倍の国では十倍の問い合わせが来るわけだ(たぶんもっとだけど)。普通に考えて対応しきれない。
 そもそも「透明性」といった場合に何を持って透明性を定義するのかもよくわからない。たとえば、国連では人々の主観的認識をもとに汚職具合を測っている。あるいはNGOのトランスペアレンシーインターナショナルのホームページによれば、人々の政治に対する汚職認識具合と汚職そのものを総合して判定しているらしい。いずれにしても先進国の小国であれば汚職の認識は低くなるだろう。
 またフィンランドのような小国での政治サークルでは、ジャーナリストも政治家もNGOもかなりの程度が顔見知りになる。あらゆる情報は比較的にダイレクトに手に入る。だが情報が簡単に手に入るがゆえに意外にメディアの追求が甘くなることもある。つい最近のケースでいえば、政治家の政治献金の問題が明らかになったそうだ。法律を抜けて規定以上のお金を受け取ることが可能だったらしい(詳しくはよくわからないが、もうすぐ詳細レポートが出てくるらしいのでまたチェックしたい)。
 その他にも原発の増設問題がある。現在4つの原発が稼働中で、5つ目の原発が2012年に完成する予定。そしてスウェーデンとフィンランド資本のフォーツムが6つ目の生産を打診中だ。フィンランドは2002年に原発増産にいち早く舵を切ったが、国民の世論では77%の反対が出ていたらしい(すいません。これは間違いで50%程度。原発反対の声はそれほど大きくないそうです)。それでも政府は強攻策に出た。しかしながら現在、原発がコスト面で安いという前提が崩れつつある。というのも建設が計画通りに進んでいないのだ。建設が長引いたせいで従来の価格の50%以上が上乗せされるという。
 フィンランドでは、社民党、中央党、保守党が常にリーディング政党であるが、これらは虹色連立(レインボーコーリション)と呼ばれるように連立を組んできた。これはスウェーデンでも見られない超コンセンサス政治である。2007年の選挙で社民党が外れたが、それでもスーパーコンセンサス政治の本質は変わっていない。フィンランドはソ連に脅かされてきた歴史背景もあり、そして今も海外への輸出が国を支えていることもあり、政治の果たすべき役割はサバイバルである。政党間にイデオロギーも政策の違いもさほど無い。生存することが共通基盤のプラクティカルな政党なのである。
 だから、彼はここまで言ってはいなかったが、フィンランドの政党システムには挙国一致内閣みたいな要素があることは否めない。国民の意思が果たして本当に反映されているのか疑問が出てくる。フィンランドのなかではこれを「フェイク民主主義」だという人もいるくらいだ…。「生存が大事だ」といえば誰も否定できない。昔も現在もフィンランドにとっては「生存」は喫緊の課題なのである。

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Welcoming Finland

 ィンランドのヘルシンキに無事、到着しました。空港の到着ロビーに出ると、僕の名前を掲げる男性が待っていてすぐさま寮まで連れて行ってくれました。寮で迎えてくれたのは今回のプログラムのコーディネーターを努めるフィンランド外務省のプレス担当の女性。簡単な挨拶を済ませて寮を案内してもらいました。部屋は六畳ほどの広さに机とベッド、そしてクローゼット。トイレとシャワー、そしてキッチンはお隣のトルコ人の参加者との共同です。白に統一されたシンプルで小奇麗な寮です。

  I arrived at Helsinki on the time. I could find this guy who carried my name tag with him and he took me to the accomodation. At the student room, this woman, the program cordinator who would take care of us, was waiting for me. After the brief greeting, she showed me around there. My room was about as big as typical Japanese room, where there was a table, bed, and closet. The toilet and shower, and kitchen are shared with my roommate. This accomodation was quite simple and clean in white color.

 最後に小型のショルダーバックをもらいました。彼らいわく「サバイバルバック」。そこに入っていたものは、このプログラムのスケジュール帳、フィンランドの政治、経済、社会、そして文化を包括的にまとめた文庫サイズの本、一ヶ月間有効の交通カード、ヘルシンキのツーリストマップ、フィンランドのあらゆる行政機関の連絡先を網羅した資料、ホームステイ先の家族のデータ、そしてフィンランドのお菓子会社・Fazerの板チョコ、レインコート、虫刺され防止スプレー、有名ブランド・イッタラのお菓子の型、さらに極めつけはウォッカ(!)。何ともパンチの効いた組み合わせです。

 Finally, I got this small shoulder bag. They called this “survival bag”. In this bag were schedule note, small book which writes about Finland on the whole, transportation card available for a month, a tourist map in Helsinki, telephone numbers about any kinds of public administations, information about my host family, a fazer chocolate, a raincoat, a insecticide, a model for making sweets, and vocka. What a funny combination.

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 ヘルシンキの中心地を歩いて回りました。町は少し入り込んでいますが、空はスウェーデンと変わらず澄んでいます。海岸線に沿って広がる町並みは開放的でのんびりとしています。東へ歩いていくと、ぽつんと光り輝く教会がありました。ドーム型の正教会の建物です。フィンランド人の9割以上はルター派に属していますが、正教会もそれなりに影響力を持っているようです。

 I walked around the city for a while. The inner city was a bit like a labyrinth but the sky was as cystal clear as in Sweden. The landscape of this city stretched along the seaside gave me a impression of openness and relaxation. I walked down to the eastside until I found this sparkling church. This is a orthodox church, a dorm shaped building. Although Almost around 90 percent of population is a member of protestant, orthodox church is still influencial in Finnish society.

 ヘルシンキ中央駅への帰り道に大聖堂に立ち寄りました。高台の上に聳え立つ大聖堂。その周りには大勢の人だかりがありました。なにか特別な日ですか?とスーツを着た男性に聞くと、ぎこちない英語で夏のイベントだといいます。不思議なことに、半数以上が高校生くらいの若者たちで友達同士でやって来ています。お祭りのようなものかと思いきや、少し違うようです。長蛇の列に紛れて待つこと30分、ようやく教会の中に入りました。老若男女ともに真剣に口ずさみ、怒号のように鳴り響く聖歌。若い人達は牧師の前にひざ間付き、それが終わると友達どおりに抱き合い、目から涙を流しています。

 I visited the cathedral on the way back to the center station. A cathedral on the tall hill. There are many people hanging out around it. What is it? I asked a guy in his suit. He replied in his rough English that it was a kind of celemony. To my surprise, almost half of them are youngstars. I waited about 30 minutes to enter the church. Inside the church was full of people with singing sacred songs. Young people bent their knees in front of the priest and after that they started huging each other with their eyes running tears.

 なんだろうこれは? フィンランド人は意外にも宗教的なのでしょうか。男性に聞いてみると、日曜日の教会はいつも人で溢れるといいます。ここに来るまではほとんど頭に無かったですが、フィンランド人の宗教観について考えてみるのも面白いかもしれないと思いました。

 What was that all about? Finnish people seemed to be more religious than I had expected. I asked this guy about this event and he replied that this church is always packed with people on Sundays. It might be interesting to give an insight on the role of religion in Finland.
 
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