2017年もよろしくお願いします。

 あけましておめでとうございます。

 2016年は(毎日の仕事は別にして)部屋の中でダラダラと過ごすことが多かった年でした。18歳選挙権という目標が実現したことで、3年間近く関わっていたNPO Rightsの活動(理事)からも退き、2015年の千葉市のまちづくり委員会(市民シンクタンク)の活動も終わりました。土日は何となくドラマや映画を見たりして過ごすことが増え、目的意識を持って勉学に励むのでもなく、社会的な活動に関わることもなく、何かしたいと思いつつも、何をするべきか方向性が見えませんでした。

 また、昨年の12月、ついに30歳になり「若者」ではない歳になりました(つい最近まで大学生だったのが信じられん。大人になっても人間って変わらないものですね)。

 外務省との仕事(契約)は今年前半で終わりなので、その後はキャリアや人生設計を含めて色々と考えなければなりません。毎日追われるように組織の中で業務をしていると、自分がどう生きるかについては考えなくなりがちですが、今年は色々と試行錯誤をしていきたいと思っています。一方で、去年は途中からブログを完全にサボっていたので、今年は定期的に更新するようにします。特に今年は英国が離脱の交渉を開始する年であり、オランダ、フランス、ドイツの重要な選挙が控えている年でもあるので、自分なりにアウトプットを出していきたいと考えています(本当にEUはどうなるんでしょうね)。

 2017年もどうぞよろしくお願いします。

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スウェーデンの有望な大臣が飲酒運転で辞任へ

スウェーデンの若者担当大臣のアイーダ・ハジアリック(29歳)が飲酒運転の発覚により辞任するというニュースが入ってきた。ワインを二杯ほど飲んだ後、デンマークのコペンハーゲンからスウェーデンのマルメへ移動していたところをスウェーデンの警察に捕まったようだ。

スウェーデンでも人気と評価、期待値の高い政治家が高かっただけに、彼女の辞任を惜しむ声が多いようだ。なんとバカなことをしたという失望の声もあるが、彼女が自らの過ちを認めて、自分の判断で迅速に辞任を決断したことを評価する人も多い。メディアや世論の論調を見ていると、そもそもアルコールの量が大したことないので辞任はオーバーリアクションだったというものすらある。むしろ、彼女の潔い辞任は、将来の政治家としてのキャリアの可能性を残したという見方もされている。

Aida Hazialic (若者大臣(高校・知識向上担当大臣))
アイーダハジアリック

 

 若き社民党のスター選手

アイーダはボスニアヘルツェゴビナで生まれ、5歳のときにユーゴ紛争から逃れて両親とともに難民としてスウェーデンにやってきた。両親は清掃の仕事などで家計を支えて、アイーダは賢明に勉学に励んだ。社民党の外務大臣のアンナ・リンドに憧れて、16歳のときに社会民主党の青年部組織に入党し、頭角を現した。19歳で市議会議員となり、23歳で市議会の幹部となった。2年前の27歳のときに国政選挙に出て惜敗したが、ロベーン首相から直接招集され、最年少で閣僚(若者大臣)に就任することとなった。若者の教育や雇用の問題に取り組み、職業学校の改革を推し進めていたところだった。保守からも左派からも評価が高く、社民党の未来を担う有望な逸材のはずだった。

(参照:アイーダへのDNのロングインタビューの記事は面白い。題名は「私はスウエーデンが与えてくれた全てのことに感謝している(アイーダ)」)

欧州諸国と比べて厳しいスウェーデンの飲酒運転の基準

アイーダは、ワインを二杯飲んでから4時間経っていたので、アルコールは抜けていると思っていた。だが、実際に血中検査をしたら、0.2mg(血液1mℓ中のアルコール濃度)が検出されたのだ。

スウェーデンでは血中のアルコール濃度が0.2mgを超えると飲酒運転(酒気帯び運転)とみなされ、罰則の対象となるが、スウェーデンの飲酒運転の基準は他の欧州諸国と比べても厳しいものだ。デンマーク、フランス、フィンランド、オランダ、オーストリアでは通常0.5mg、英国では0.8mg(スコットランドは0.5mg)、スウェーデンと同じ水準の規制を課しているのはノルウェー、ポーランドなどであり、それよりも厳しいゼロ基準を採用しているのはハンガリー、ルーマニア、スロベニア、スロバキアなどである。なお、日本の酒気帯び運転の基準は約0.3mgなので、スウェーデンよりも緩い(ただし警察の裁量において飲酒と判断する場合には飲酒運転となる)。

ちなみに、アイーダはデンマークのコペンハーゲンからマルメを走行していたが、もしコペンハーゲンで検査を受けていたら、彼女は当然に辞任する必要はなかっただろう。もちろん、スウェーデンの国内法に違反したことには間違いないことであり、飲んだから乗るなの原則からしたらそもそもアウトである。法律を作成し、遵守させる側の人間がそれを守らないのは道理にかなわない。特に若者向けの「Don’t drink & drive」などのキャンペーンを推進する側であったのだから、言い訳はできない。その意味では、彼女がすぐに辞任をしたことは良いことであった。

スウェーデンの交通死亡者数に占める飲酒関連の割合

スウェーデンでは2014年の交通事故の死亡者数は270人であるが、そのうち54人(全体20%)は飲酒関連によるもの(o,2mg以上)である。過去の統計研究によれば、一人当たりの飲酒の消費量が1ℓ増加すれば、飲酒運転の違反件数は11%増加し、交通事故死亡者数が8%増加するとされている(リンク)。

 飲酒関連の交通死亡者数と全体に占める割合の推移(2007-2014)diagram_2_440px

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英国君の大冒険

 昔々あるところ、EU組というヤクザの組織がありました。EU組は、資金力や収益力の高さに加えて、民主的な組織運営が有名でした。組合規則の下の平等が確保されたり仲裁裁判所による不満処理がなされるなど,まさに夢のヤクザ組織でした。しかし、組合員の数が多くなるにつれて懐事情が悪くなり、組合員の中でも不満が溜まるようになりました。

 一番文句を言っていたのは英国君でした。英国君は能力が高く仕事もよくできましたが、プライドが高く性格が悪い奴でした。EU組への上納金の額が高すぎる、他の組合員の仕事が遅い、自分の意見が意思決定に反映されない、などずっと文句を言っていました。EU組の幹部のドイツさんとフランス君は、英国君のことを好きではありませんでしたが、その仕事ぶりは高く評価していたので、上納金の額を低くしたり、EU組の家の大きな部屋をあげたり、特別な待遇を与えていました。

 それでも英国君のイライラは止まりません。フランス君が作る農作物が高いとか、ドイツさんが自動車を作りすぎだとか、ギリシャ君は怠けものとか、ポーランド君のいびきがうるさくて眠れないとか、若い組合員のブルガリア君やルーマニア君の素行が悪いとか、その文句はとどまることを知りません。そして、英国君は「もっと大きな部屋に変えろ、上納金を減らせ、さもないと出て行く」と脱退を盾にして恫喝を始めました。EU組の組合員の多くは「英国君、脱退するな」と必死で懇願しました。一番仲良しのスウェーデン君、二番目に仲良しのオランダ君は、英国君がいなくなれば、フランス君やドイツさんが威張り始めて困ると思っていたので、 涙ながらに思いとどまるようにお願いしました。

 スウェーデン君とオランダ君からの慰留願いには後ろ髪を引かれましたが、もう耐えられませんでした。「お前らなんてオワコンだ、すぐに脱退してやる」と暴言を吐きました。EU組の組合員は、英国君の傍若無人な態度についに堪忍袋の尾がブチっと切れました。そして、「お前が出て行くなら出て行ってもいいが、今すぐサインしろ」と脱退契約書を突きつけました。

 英国君は急に怖くなって「まだ心の準備ができていない。もう少し待ってくれ」と言い始めました。このヤクザな世界は一人で生きるには厳しいところです。中国組やロシア組とも戦わないといけません。 きちんと準備をせずに脱退すれば、命に関わると心配になってきました。

 英国君は、EU組の家の隣にあるノルウェー君やスイス君の小屋を訪ねました。英国君は、ノルウェー君やスイス君が豪勢な生活ができていることを不思議に思っていました。ですが、ノルウェー君やスイス君からは、英国と同じくらい上納金を支払っているが、EU組は全然意見を聞いてくれないし反映されていない、実はチャンスがあれば正式な組合員になりたいと思っていることを聞きました。英国君は、隣の芝は青く見えること、EU組がいかに自分を守ってくれていたか、大切にしてくれていたか、いかに民主的なヤクザ組織だったのかに気が付きました。

 そして、英国君はEU組の組合員の一人一人を回って土下座して謝りました。こんなやつを許せんと怒っている組合員もいましたが、ドイツさんがみんなを説得しました。英国君との脱退契約書はそのまま破り捨てられ、この大騒動は無かったことになりました。

 その後、英国君は心を入れ替えて働き、EU組の発展に大いに貢献しました。

  (今後のシナリオの真面目な分析はこの記事をどうぞ)

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英国はそれでもノルウェー型(EEA型)を選ぶ

 EU離脱後の通商関係のシナリオについて、離脱支持派の最も強い要望が「EU移民の制限」にあることから、「カナダ型(カナダプラス型)」を指向する可能性が高いと予測した(過去記事)。だが、EU離脱がもたらす巨大な不確実性を前にして、「カナダ型」を回避し、より安全な「ノルウェー型(EEA型)」を選ぶ可能性が高まっている。物品への関税復活や金融サービスの制限を含むカナダ型よりも、EU単一市場へのアクセスが広範に維持されるノルウェー型を選択すれば、大学・研究機関やビジネスへの悪影響が最小限に抑えられるためだ。

 英国は本当にノルウェー型に落ち着くのだろうか? 

離脱派の選択肢

 EU離脱派の代表格であるボリス・ジョンソン保守党議員は6月24日のデイリーテレグラフ紙への寄稿(リンク)において、「単一市場のアクセス」の確保とともに「人の移動の自由の制限」(オーストラリアの移民管理制度の導入)を行う方針を明らかにした。これは「人の移動の自由」を伴わないカナダ型に「単一市場のアクセス」を確保するという意味で「カナダプラス型」であるが、そもそもEU単一市場とは「モノ,サービス,カネ,ヒトの移動の自由」を指すことから、この提案が実現する可能性はゼロである。このことは、キャメロン首相が今年2月までの再交渉で勝ち取れなかったことからも明らかであり、他国のドミノ追随を恐れるEU側が受け入れることはない。唯一英国に融和的な態度を取るドイツのメルケル首相ですら「義務を伴わずに特権だけを享受することはできない」(Politicoの記事)と譲歩しない姿勢を示している。(追記:6月27日のEUサミットの声明でもその点は明記されている)

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 上記の図は、EU通商協定における単一市場アクセスと人の移動の自由の度合いの関係をまとめたものである。EU離脱派の要求は、上記の図でいう①カナダプラス型か、②EEAマイナス型,③カナダややプラス型しかないが,①や②は、EU単一市場の性質から実現可能性はほぼない。②の可能性はゼロとは言えないが、ノルウェーやスイスが「なぜ英国にだけより良い条件を与えるのか」と反発するだろう。実現性が高いのは、ノルウェー型に「EUの意思決定過程への部分的な参画」を組み込んだ「ノルウェープラス型」である。もしEU側がノルウェープラス型を受け入れなければ、ノルウェー型に落ち着くだろう。③のカナダややプラス型やカナダ型はEU側として受入れ余地はあるが、むしろ、英国側として採用できない可能性がある。その構造的な理由としては、ア:スコットランド議会の拒否権の行使、イ:英議会の残留派の巻き返しなどが考えられる。

スコットランドは独立しない代わりにノルウェー型を選好する

 まず離脱協定の発効にはスコットランド議会の承認が必要との指摘があるが(英議会の資料),その場合、スコットランド議会は「カナダ型」に同意しない。スタージョン首相は、スコットランドでは全ての地域で残留派が多数であり,英国離脱の場合には独立に向けて再住民投票を行うとしている。ただ、英国政府はスコットランドの住民投票の実施に同意する見込みはない。また,スペインのカタルーニャ州やベルギーのフランダース地方など独立の火種を抱えていることから、EU側がスコットランドのEU加盟を認める見通しもないため,スコットランドは八方塞がりとなる。

 スコットランドに残された選択肢は,英国のEU離脱そのものを防ぐことであり,そのためならば迷うことなく離脱協定を否決するだろう。スコットランドは本気であり独立の動きも進めるだろう。英政府がスコットランドを説得する唯一の方法は、「単一市場アクセス」を確保できるノルウェー型を取ることだ。スコットランドは、カナダ型の選択肢には同意しないので、これが最終的な妥協点となる。

英議会の残留派もノルウェー型を選好する

 英議会の7割以上はEU残留派(650人のうち460人)であり、離脱したとしても単一市場アクセスの確保が重要だと考えている(BBCリンク)。離脱が国民の賛成多数を得たことは尊重する必要があるが,離脱•新協定に関する英国の方針はこれから確定する。私は保守党離脱派が国民の意思表示を盾にして党内基盤の強化を図るとみていたが,離脱派はバラバラで一体化する見込みが薄い。一方で、国民の間に困惑と戸惑いが広がる中で,悪影響を最小限に抑えようとする動きが活発化している。保守党の中でも離脱派への逆襲が始まり,労働党が乗っかれば,ノルウェー型に落ち着く可能性がある(カナダ型の選択は不可能になる)。

グラフ:英議会の議席構成と離脱派と残留派の議席バランス

英国議会の議席構成とBrexit

それでもEU残留はあり得る?

 なお、英労働党が新しい党首を選出し,解散総選挙に向けて体制を立て直すことができれば、EU残留の可能性もないわけではない。スコットランド国民党、自由民主党はEU支持であり、保守党にも残留派の方が多数いる。英国が落ち着くだろう「ノルウェー型」では、EUの意思決定に十分に関わることはできないので、その選択は「主権を取り戻す」どころか「主権を失う」ことになってしまう。もし解散総選挙となれば,離脱しない方が得策という雰囲気が生まれる可能性がある。新しい労働党がそうした政治の空白を埋めることができれば、EU残留は十分あり得るだろう。

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大雨が降ればEU離脱に傾く?

 英国の運命を決める国民投票が明日に迫ってきた。欧州の歴史を決める分岐点に立ち合っていると思うと、感慨深い気持ちになる。歴史が書き換えられる瞬間を共有したいという、怖いもの見たさの気持ちもないわけではないが、EUの存続のためには是非残ってほしいと思っている。

 英国の残留派と離脱派は僅差で競り合っており、どちらにも転びうる状況になっている。どちらかといえば残留が有利と言われているが、当日の天候次第で結果がひっくり返る可能性は残っている。

 既に過去記事で書いたように、高齢世代の7割近くがEU離脱を強く支持しているのに対して、若年層では残留派が多い。一方で、高齢世代の方が相対的に投票率が高く、若年層は投票率が低い傾向にあるので、若者が投票に行かないと離脱派が上回る可能性がある。

 もし快晴になれば、投票率が底上げされるので、そのまま残留派が勝利するはずだが、大雨になれば番狂わせがあるかもしれない。高齢者はEU離脱に対して強い熱意があるので投票所まで足を運ぶが、若者はそれほど強い思いを持っているわけではないので、面倒になって投票所に行かなくなる人も多いだろう。つまり、残留派と離脱派の差が僅差なだけに、大雨によって離脱派が上回る可能性があるのだ(過去記事)。

 なお、23日はイングランド南部で雨の予報のようだが、大雨にならないことを祈るのみだ。

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英国のEU離脱•残留後のシナリオ

 英国のEU離脱を巡る国民投票があと5日後に迫ってきた。投票の結果を予測することはもはや不可能であると悟ったので、そのことは諦めて、今回は英国民が残留又は離脱を選んだ場合の今後のシナリオについてそれぞれ考えてみたい。

EU離脱の場合

 英国民が離脱を選んだ場合にすぐにEUから離脱となるのかといえば、そんなことはない。夫婦が離婚をするときに資産整理を含めて離婚契約書等を作成するのと同様、英国とEUも離脱•新協定を結ぶ必要があるのだ。離脱•新協定では、①英国内のEU企業やEU市民、EU内の英国企業や英国人の既得権の保護のあり方に関する内容とともに、②英国とEUの新たな通商協定の中身を定めることとなる(通商協定のあり方についてはノルウェー型、トルコ型、カナダ型についてまとめた過去記事を参考)。

 EUのリスボン条約第50条1項は「離脱する国は、欧州理事会に通知し、EUと離脱に関する取り決めを明記した協定を締結する」「EU関連法令は離脱協定の発効日また発効しない場合には通知日から二年後に停止される」と規定している。つまり、英国政府がEU側に離脱の意思を通知し、離脱•新協定を二年以内に定めた上で初めてEU離脱に至ることになる。逆にいえば、少なくとも二年以内は従来通りの関係が続くことになる。なお、二年以内に離脱•新協定が締結できない場合、EU側の全会一致の同意があれば、期限を延期することができるが、同意が得られなければ離脱•新協定なく離脱することになる)。

 ここで問題となるのは、英国政府による第50条の通知の時期である。残留派のキャメロン首相は、国民投票の結果が離脱となれば、すぐにEU側に通知し離脱•新交渉を開始すると明言している。一方で、離脱派のゴーブ司法大臣は「自らの首を締めるような拙速な通知はしない、離脱派が勝利すれば離脱派が実権を握ることになるのでキャメロン首相が通知することは許されない」という趣旨の発言をしている。

 離脱派のシナリオは、年内にキャメロン首相に代わり、元ロンドン知事のジョンソン政権を誕生させた後、EU側と非公式な協議を進めつつ、正式な通知をどこかで行うというものだ。だが、保守党政権は離脱派と残留派で真っ二つに分裂しており、政府として離脱•新協定に対する統一的な立場を取ることができない可能性がある。その場合には下院の解散総選挙を行い、勝利した保守党政権が「カナダ型」の選択肢を決定した上で、正式な通知を行うことになるだろう(英国独立党はその役目を終えて保守党に合流し、労働党は全く求心力がなく相手にならないので、保守党の圧勝だろう)。

 一方で、通知を先送りしつつ非公式な協議を行うという選択は第50条の手続きを無視するものであり、EU側は猛反発するだろう。だが、EU側が対抗できる手段はほとんどないので、指をくわえて見ているしかない。また仮に離脱協定なくして英国が離脱した場合、EU側には貿易制裁措置で脅かすくらいしか選択肢が残されていないが、それを実行すればEU側も大量の返り血を浴びるのでありえないだろう。

EU残留の場合

 EUとは従来通りの関係が続くことになるが、英国の国内政治はカオスになる可能性がある。保守党は離脱派と残留派が分裂して過半数を失い、議会運営が困難になり、解散総選挙が行われる可能性がある。保守党は一部が分裂したまままとまらず、英国独立党は燻り続ける反EU感情を利用して支持を伸ばし、労働党は全く相手にならずさらに支持を下げ、スコットランド国民党はますます民族主義化する。その結果、過半数を制する政党が出てこないので、不安定な政権運営が続くこととなる。

参考文献:中村民雄(2016)「5章 EU脱退の法的諸問題」(福田耕治編著『EUの連帯とリスクガバナンス』(アマゾンのリンク

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英国離脱は本当に避けられないのか?

 英国のEU離脱を巡る国民投票が6日後に迫ってきた。昨日発表されたIPSOS MORIとSturvationの世論調査会社の電話調査の結果でもEU離脱派が残留派を上回っており、EU離脱はかなり高い確度で現実のものになりつつある。もちろん、世論調査が間違っている可能性はあるし、昨日の労働党議員の殺害などの突発的な事件によって世論の流れが変わる可能性も否定できないが、このままいけば離脱派が勝利する可能性が高い。

IPSOS MORI (6月17日)Survation(6月17日).png

Sturvationの調査(6月16日)では、離脱派(Leave)が44.9%、残留派(Remain)が42.1%、未定(Undecided)が13%という結果であるが、IPSOSの調査(6月16日)では、離脱派が51.3%、残留派が45.6%、未定が3.1%であり、いずれも離脱派が2%と6%ほど上回っている。なお、両者はともに投票意思があると回答した人を対象とした値である。

 IPSOSの未定の割合が少ない理由は、同社は質問に対して未定と回答した人に対して、さらに「強いて言えばどちらに投票しますか」という質問を改めて投げかけいるためだ。未定の割合を少なくしているという点では、IPSOSの数値の方がより正確に現実の世論を反映していると考えられる。(なお、電話調査とネット調査の違いについては過去記事を参照のこと)

 グラフ:有権者の再重要視する争点の変化優先事項(IPSOS 6月)

 また、IPSOSの調査で特筆すべきは、有権者が投票で重要視している争点に明確な変化が見られる点である。5月の調査では、最も重要視する争点として「経済影響」と回答する人が33%いたが、6月では28%に減少した。その一方で、最重要な争点として「移民の数」と回答した人が同じ期間で28%から33%に増加した。つまり、有権者の関心事項に大きな変化が見られるのである。

 あと6日間のうちにTV討論や議論が行われることになるが、有権者の関心事項が「経済」から「移民」に移行しているので、残留派が攻め手としている「経済への悪影響」はあまり響かない可能性がある。ここ数日間で英ポンドの通貨が下落しているが、英国国債は全く上昇していない(そのかわりに南欧諸国などの国債が上昇する傾向にある)。むしろ、英経済にとってはポンドの下落は歓迎するべきことなので、現時点では離脱を選択して何が悪影響なのかつ伝わらないだろう。

 あとは労働党議員を殺害した犯人が極右グループに所属していたということがどれだけ有権者に響いてくるかだが、それは全く予想ができず、未知数だ。あとは奇跡が起こることを祈るのみである。

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EU残留派内で亀裂発生!移民制限に舵を切る労働党

国民投票の一週間前に、残留派内で亀裂が生じ、投票行動にも影響を与える可能性がある。英大手紙のGuardianFTの記事で報じられている。

6月14日、英労働党は残留派が勝利すれば,EU移民を制限できるようにEUと交渉を行う用意があると言い始めた。移民問題で支持が増えないことに焦った労働党が投票直前になって移民の制限に舵を切り始めたのである。だが,これは「単一市場のアクセスは移動の自由の保障とセットであり、EU移民の制限は行わない」とするキャメロン首相の主張と真っ向から対立するものである。

キャメロン首相は、EU移民の制限措置を巡って昨年から再交渉を行ってきたが、EU側は「EU移民の制限を行うのであればEU単一市場へのアクセスは認めない」としてこれを突っぱねた。EU移民の制限を認めれば他国もドミノ倒しのように続く可能性があるので、EUにとって決して譲歩できないものである。実際、スイスはEU移民の制限を求めたがEUは反対している。参考記事

労働党の要求は実現不可能なので、キャメロン首相が受け入れることはない(受け入れたら嘘つき野郎といわれるだろう)。一方で,労働党が求める移民制限の要求を明確に突っぱねれば、移民をコントロールできないと有権者に思われるとともに、労働党の一部の議員や党員からの失望を買うことになるだろう。キャメロン首相は八方ふさがりで、どっちに転んでも残留派への信頼は損なわれることになる。

ポピュリズムにポピュリズムで対抗すれば、有権者はうんざりするだけだ。労働党がこんな無責任かつ大衆迎合的な姿勢をみせ始めたのはナンセンスというほかない。

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EU離脱派のプロパガンダ映画!

英国の国民投票があと9日に迫ってきた。賛否の動向については前回記事で触れたので(前回記事)、今回は、国民投票をよりよく「楽しむ」ために、EU離脱派の有志が製作した「英国離脱映画(Brexit the Movie )」というプロパガンダ映画を紹介したい。国民投票に合わせてクラウドファンディングで資金調達して作ったものだ。

この映画は「全ての問題の原因はEUにある」ので、「EUを離脱すればより良い未来がやってくる」と説く。その主なメッセージは、①EUは非民主的な機構でありコントロールできない、②規制ばかりを作って自由なビジネスを阻害している、③EUに加盟しないスイスの方が大成功している、④EUを離脱すればアメリカや新興国と自由にFTAを結ぶことができる、⑤EUは極右政党が台頭していて危険だ、というものだ。

この映画は、レポーターが色んな現場をまわって当事者っぽい人から「EUは許せない」という話を聞き出す。次に専門家っぽい人が出てきて補足説明をした上で「だからEUから離脱するのが良い」と繋ぐ構成になっている。これをテンポよく何度も繰り返されると、見ている人は何となく離脱した方がよいという気持ちになってくる。映画の内容は事実誤認やミスリーディングな描写が多いのだが、普通の人はそんなことに気づきやしない。ポピュリズムと戦うことがいかに困難なことかを考えさせられる映画である。

 

EU機構のことを誰も知らない

EUとは何か?

レポーターがブリュッセルでEU機構について街頭インタビューして尋ねる。「欧州理事会(European Council)とEU理事会(the Council of European Union)の違いは分かりますか?  欧州委員会(the European Commission)と欧州評議会(the Council of Europe)の違いは分かりますか?」と。もちろん、回答できる人は誰もいない。レポーターは、人々が認識できない政治機構で政治が行われていていいのかと問いかける。

EU首相や大統領を誰も知らない(注1)

EU首相は誰か?

国民が代表者を選び、国民が求める政策を代わりに実施してもらうのが(代議制の)民主主義の基本である。では、EUの国の人々、自分たちの代表者の顔と名前を知っているのだろうか? レポーターはブリュッセルの街中で、EU首相のジャン•クロード•ユンカー(元ルクセンブルグ首相)を知っているのかと質問してみると、誰も答えられない。英国であれば、選挙でキャメロン首相を代表として選ぶので、彼のことは誰でも知っている。EUでは、代表者を選べず、コントロールすることができない。レポーターは、そんな状態で民主主義が機能するのかと問いかける。

EU官僚はキャメロン首相よりも高給取り(注2)

EU官僚の給与

EU官僚は高い給与をもらって特権をたくさん持っているイメージがあるが、本当なのか? レポーターが欧州議会に行って調べると、なんと、英国のキャメロン首相よりも高い給与をもらっている官僚の数は1万人、EU官僚の5人に1人の割合で存在するという。EU官僚は、基礎給与に加えて、駐在手当、世帯手当、家族手当、教育手当などが付与され、さらに、EU官僚の特権により減税を受けることができる。また、欧州議会の豪華設備や欧州議員の給与体系を指摘し、その特権性を強調する 。

EUの漁業政策のせいで英国の漁業は壊滅(注3)

漁師の声

レポーターは英国の港町を訪れると、EUによって破滅に追いやられた可哀想な漁業者の声を紹介する。漁業者は「昔はたくさん魚が取れたんだ。それがEUに入ってからドイツの船がやってきて魚を奪っていったんだ」という。また、漁業者は、EUは漁業者に対してお金をばらまき退職を促してると文句を言う。レポーターは、EU加盟後,北海の漁獲量枠の一部を他国に与えざるをえなくなり,英国の漁船の漁獲量が劇的に減少したが、EUを離脱すれば 英国の漁業を取り戻せると主張する 。

昔は大漁今はこれだけ

日常を取り巻く膨大なEU規制(注4)

EU法令が日常を覆う

専門家っぽい人は、EU規制が健全なビジネスを阻害していると主張する。専門家っぽい人たちは、レポーターと一緒に、日常生活を取り囲むEU関連法令の数を映像でシュールに表現することにした。被規制男は、規制された家を出ると、家に関するEU関連法令の数が表示される。舗装道路の法令数は1467件、自動車は1872件、お皿は99件、ミルクは1万 2000件,スプーンは210件という具合に−。そして、これらの規制は、すべてEU官僚と大企業のために作られていると主張する。

自動車や道路に関する法令数

ミルクやフレーク、スプーンの規則

世界は規制で溢れている

 

貿易障壁で囲まれているEU(注5)

EUは貿易障壁でいっぱい

専門家っぽい人は、EUは自国産業を守るために,他国からの物品に対して①高い関税と②輸入数量制限を課し、③複雑怪奇な規制を設けることによって貿易障壁を築いていると主張する。

その実例として,英国における砂糖の加工工場の社長の声を登場させる。社長は「本来であればEU外からサトウキビを安く輸入できるのに、EUが高い関税を課しているせいで加工の仕事が減ってしまった」という。非効率なEU企業を守ることで、コストが上がり、市民は貧しくなっているという。さらに、勤勉なアジア系の人がせっせと製品を作るのに対して、怠け者の南欧系の人は仕事をせずにEUにロビーイングをして規制を作らせるという場面が流されて,だからEUの経済はダメなんだという主張が展開される。

FTAで後塵を拝すEU

EUは貿易協定で負けている

専門家っぽい人によれば、保護主義的なEUは自由貿易協定( FTA)を結ぼうとしないという。FTAを結んでいる国のGDPの総和をみると,スイス、シンガポール、韓国、チリなどと比べてEUは遅れているのだから、EUを離脱して個別のFTAを結ぶのが良いのだと繋げる。

EU加盟国ではないのに繁栄するスイス

スイスはすごい

スイスのGPDは高い

レポーターは、スイスを訪れる。スイスは、ノバルティス、ネスレ、ロッシュ、ロレックス,オメガ,UBS,クレディットスイスなどの世界的企業が集まり、一人当たり輸出額は英国の5倍,一人当たりGDPは英国の2倍,失業率は低く,給与は高い,そして、多くのFTAを結んでおり、ビジネスを阻害する規制が少ない。ここでレポーターは,「スイスは英国より多少優れているどころではない。ファンタスティックに優れているのだ」と褒めちぎった上,どうしてスイスはこんなに優れているのかと問う。

ここでスイス人の専門家っぽい人が登場し、スイスの成功の秘訣は「EUに加盟していないところにある」と説明する。EUは非民主主義的でトップダウンであるのに対して,スイスは超民主主義国であってボトムアップの国だ。5万人の署名を集めれば国民投票を行うことができ,国民が政治家や官僚をコントロールすることができる。だから、英国もEUから離脱するのが良いとアピールする。

EUにおけるポピュリズムと極右極左の台頭

マリーヌルペンEUにいると危険

2008年の経済危機後、EU諸国は失業率が高止まりし、極右政党が台頭している。フランスでは、マリーヌルペン率いるナショナルフロントが欧州議会選挙で第1党となった。他の国でもテロや暴動の脅威にさらされ、EUはより危険な場所になっている。また、EUによる非民主的に決定を押し付けることで、極右勢力を生み出すことに加担している。こんなEUからは離脱した方が良いと主張する。


注釈

(注1)EUにおいては,国民が自国の選挙で選んだ加盟国の代表者らがEU首相(欧州委員長)やEU大統領を任命している。また,欧州議会選挙を通じて首相候補の政党を選べる仕組みを取っている。欧州議会はEU首相を罷免する権利を持っており,実際に1999年に不信任決議をしたことがある。加盟国は日常的にEU行政機関を監視しており、EUの行政機関がブレーキのない機関車という主張は間違いである。 参考記事

(注2)キャメロン首相の給与は手取りで約900万ポンド(額面で140万ポンド)であり、国際的にも民間水準でもその地位の割には決して高くない。また,EU官僚が高給取りだというが、有能な人材を集めるためには民間エリートに準じた給与体系を用意することは不可欠である。どこの国でも官僚批判はウケがいいが、官僚の給与を引き下げれば引き下げるほど有為な人材の流出が加速することになる。なお2014年~2020年にはEU官僚の給与は減額されることとなっている。参考記事

(注3)EUの共通漁業政策により許容漁獲枠が高く設定され,資源の枯渇を招いたことは事実だが,その制度上の問題点は2013年の改革案で軌道修正されている。参考記事。また、EUから離脱すれば英国のEEZから他漁船を追い出せると思っているかもしれないが,タラやサバなどの回遊魚については広域での共同管理が必要になるので,周辺国と漁獲枠を調整することに変わりはない。ノルウェーやアイスランドがEUと漁獲枠を調整しているのと同じことである。むしろ、サバ戦争のようにノルウェーやアイスランドと対立する可能性がある。その際にEUは強い影響力を行使できるが、英国単独であれば何もできなくなる恐れがある。参考記事

(注4)EU関連法令の数の根拠が不明であり、その数が多いのか少ないのかも判断できない。規制はが少ないのが良いというが、それでは安全基準や環境基準に関する規制なども必要ないのだろうか? 個別具体的にこの規制は問題だというのであれば有益だが、規制が多くて問題というのはただの印象論や愚痴に過ぎない。なお,EUは2年前から,規制の簡素化と単一市場のサービス分野(特にデジタル分野)の統合深化に向けた取り組みを急ピッチで推進している。これは英国の強い要望で行われているものである。英国に有利な形でサービス分野の市場統合への取り組みが進んでいるにも関わらず,そこから離脱しようとするのは合理的な判断とは言えない。

(注5)EUはWTOに加盟後、関税も輸入ルールも規制も一定程度撤廃している。世界的に見て貿易障壁が多いとは必ずしも言えない。もちろん、センシティブな分野については関税や非関税障壁を残しているところもあるが、それはどこの国も似たようなものである。また、FTAの数が少ないという批判があるが、EUはこれまで WTOの貿易枠組みの進展に注力していたため、FTAの交渉は抑制していた。世界全体で自由貿易の枠組みを構築する方が良いと考えていたからだ。また、経済規模が大きい国の方が利害調整が難しくなるので、交渉期間が長くなることは致し方ない面がある。

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なぜ英国はEU離脱に向かっていくのか?

 英国がEUに残るのか離脱するのか否か全く見通せない状況になってきた。当初は、国民投票が近づけば、リスクを回避しようとする人が増えると考えられていたが、むしろ、投票日が近づくほど離脱派が勢いを増してきており、EU離脱のシナリオが現実のものになりつつある。

 こうした事態に最も驚いているのはキャメロン首相だろう。

 キャメロン首相は、不確かな未来の危険性を指摘し、現状維持に訴える作戦で数多くの論戦を乗り越えてきた。2011年の選挙制度改革に関する国民投票の際には、改革案に賛成すれば、少数政党の増加により、宙吊り国会(hang parliament)になるとして反対キャンペーンを成功させた。2014年9月にスコットランドが英国独立を巡って住民投票を実施した際には、キャメロン首相は「スコットランドが独立すれば、EUにも加盟できず、通貨(ポンド)が使えなくなり、経済・雇用に大打撃を与える」という人々の不安に訴える選挙キャンペーンを展開して勝利を手にした。また、2015年5月の総選挙の時は、労働党が勝てば、スコットランド国民党と連立を組んで社会主義政策を進めるとネガティブキャンペーンを行うことで、下馬評を覆して過半数を確保することに成功した。

 今回の国民投票においても、キャメロン首相は、「不確かな未来」と「確かな現状」の二つの選択肢を迫れば、国民はEU残留を選ぶはずだと確信しており、「EU離脱は経済や雇用を破壊する」というキャンペーンを展開してきた。だが、経済問題で不安を掻き立てるキャンペーンは失敗しつつある。国民にメッセージが全然届いていないのである。

 グラフ:スコットランドの英国独立をめぐる住民投票(賛成・反対)の世論調査

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 英国世論調査会社のYougovによれば、スコットランドの独立を巡る住民投票(2014年9月17日)の時も終盤になって賛否が拮抗する構図だったが、最後の一週間でリスク回避に走る人が増えたようだ。今回のEU離脱に関する国民投票でも投票一ヶ月前になって賛否が拮抗する構図になっている。スコットランドのように、国民投票の終盤でEU残留に向かう人が増えてくるのだろうか?

 グラフ:個人の経済状況の向上・悪化・変化(住民投票と国民投票の1ヶ月前)

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 Yougovによれば、二年前の住民投票と今回の国民投票では、人々のリスクの認識に大きな違いが見られる。住民投票の一ヶ月前に「スコットランドが独立した場合に個人の経済状況が向上するか、悪化するか、変わらないか」という質問をしたところ、悪化すると回答したスコットランド人は42%で、変わらないと答えた人は22%だった。今回、これと同様の質問を英国人にしたところ、悪化する答えた割合は21%で、変わらないと回答した人は47%にも及んでいる。

 この調査が信頼できるものであるとすれば、キャメロン首相がなりふり構わず訴える経済的なリスクは国民に響いていない。どうして響かないのか? EU離脱のリスクをリスクとして認識していないのだろうか? もしそうだとしたら、まだあと二週間、キャメロン首相に巻き返しの可能性は残されている。だが、もし有権者が、EUに加盟して主権をコントロールできない方がリスクだと認識していれば、キャメロン首相が採用した経済リスクを訴える戦略は響かないだろう。実際、討論の主戦場は、経済問題ではなく、主権や移民の問題に移りつつある。

 むしろ、EU残留派が抱える最大のブレーキは、キャメロン首相である。彼の主張の内容は理路整然としていて理解できるし説得力があるが、共感しにくい。鼻持ちならない、金持ちのエリート野郎であり、米国のヒラリー・クリントンのような嫌味さが滲み出ている。何より、キャメロン首相のアキレス腱は、彼自身が保守党の党首になった時に純移民を数万人まで制限すると約束したマニフェストが守られいないことである。これは国民が最も関心を持っている問題であるが、マニフェストは守られるどころか、EU移民は17万人まで膨れ上がっている(2015年)。「キャメロン首相は数万人に制限すると言ったくせに、守られていないじゃないか」と離脱派から批判されれば、その点は真実なだけに反論ができない。いくら経済論戦で勝とうとも、この点でうまく立ち回ることができなければ、国民を動かすことはできず、支持は増えないだろう。

 一方、現在、英国のメディアを席巻しているのは離脱派のタレントたちだ。EU離脱派の主役は、元ロンドン知事のボリス・ジョンソンである。太っちょで小憎たらしいが、どこか憎めない、庶民派の大物議員だ。「ローマ帝国が欧州を支配したように、またドイツ第三帝国がしようとしたように、EUが欧州を支配しようとしている」というアウトな発言をしたが、勢いは全く止まらない。こうしたデマゴーグたちが論理ではなく感情に訴えるメッセージを繰り出すことで、冷静でエビデンスに基づいた議論が失われていく。まさに米国のトランプ現象と同じようなことが起こっている。

 EU離脱派が勝利すれば、ジョンソン政権が誕生する。米国でトランプ大統領が誕生すれば、英国と米国の「特別な関係」の再構築が始まりそうな気がするが、そんなこと考えたくもない。

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英国民は国民投票で経済問題と主権問題のどちらを重視するのか??

 英国のEU離脱を巡る国民投票(6月23日)が約3週間後に近づいてきた。

 6月2日、Skynews(ニュース専門チャンネル)において、残留派の英首相のキャメロン、6月3日に離脱派の司法大臣のマイケル•ゴーブがそれぞれ一時間の枠で質問と回答を行った。約25分間、主要なテーマに沿って男性の司会者からの「尋問」に対して回答し、その後、スタジオの一般聴衆から25分間の質問を受けるというものだ。これまでの討論としては最も長く包括的なものであり、何よりも、司会の質問が極めてタフで、見応えがある(日本でもこういうガチンコの勝負が見たいものである)。

 二人の尋問の結果について私の印象をいえば、キャメロン首相が上手く切り抜けたという感じするがが、一般大衆の目線になれば、ゴーブ司法相の方にシンパシーを感じたかもしれない。

 キャメロン首相への質問&回答(英語)

 キャメロン首相は、EU離脱は英国経済に悪影響を与えるという一点をゴリ押ししており、EUの単一市場(single market)へのアクセスがなくなれば、自動車や航空業界の製造業から金融などのサービス業まで大きな経済損失を受けるという点を強く強調、さらに離脱派はEU離脱した後のシナリオを全く考えていないとして批判を展開した。まさに経済問題に特化したアピールといえよう。

 司会者から「保守党のマニフェストにはEUからの移民の純流入数を1万人までに抑えるとしていたが、実際は10万人を超えて流入していて公約違反ではないか? いつ目標は達成されるのか?」と問われると、キャメロン首相は「EU市民に対する勤労給付を調整したので今後EU移民の数は減るはずだが、いつ達成するかはいえない」と回答。また、「EUの単一市場(single market)へのアクセスを確保するためには、全ての加盟国が単一市場のルールを遵守する必要がある」と述べた。キャメロン首相の回答は非常に正直なものであるが、EU移民の削減を求める英国民からすれば、移民は防げないと思うだろう。

 ゴーブ司法大臣への質問&回答(英語)

 

 一方で、ゴーブ司法大臣は、英国のことはEUではなく英国が決めるべきだという主権の問題を強調、特に移民政策については「私は移民に反対しているわけではない、EUからの移民は無制限に受け入れなければならない点がおかしい、むしろ、英国がオーストラリアのように条件に見合う移民を受け入れるような仕組みをとるべきだ」と主張した。まさに主権とコントロールに特化した説明だった。

 司会者から、経済に悪影響がないといえるのかと問われると、質問には直接的に答えず、EU離脱後のシナリオについても語らなかった。むしろ、これらの質問に対しても「主権とコントロールを取り戻すことが大事なのだ、EUのエリート官僚の規制から抜け出せば、英国民の潜在力を発揮できるようになる、私は英国民の力を信じている!」というような、ナショナリズムに訴えるような主張を展開した。しかも、最後には「EUからの離脱は英国を再び真に偉大にするのだ(if we leave the EU – ensure the next generation makes this country once more truly great)」というドナルド•トランプをパクったかのような発言が飛び出した。

 

まとめ

 

 キャメロン首相は上手く立ち回ったが、ゴーブ司法相は意外にも経済分野での失点が少なく、主権や移民問題で感情に訴えるアピールをしたことで、一般大衆からは印象が良かったのではないかと思う。キャメロン首相は「EU離脱は経済に悪影響」という点を強調しているが、ゴーブ司法相は「経済に悪影響になるかもしれないが、主権や移民の方が大事だ」という反論を展開しているため、結局のところ、英国民が、経済影響をより重視するのか、主権や移民の問題を重視するのかという理念の違いに帰結してしまう。キャメロン首相の戦略は、「人間は経済合理性に基づいて行動する」という理論に基づいたものであるが、人間は経済合理性よりも感情を優先させる事もしばしばあるので、どちらに転ぶかどうかはわからない。日本人が戦争に負けると分かっていて突っ込んでいくのと同様、英国人も経済的に死ぬと分かっていて飛び込まないとどうしていえるだろうか?

 なお、国民投票の二日前(6月21日)には残留派のオズボーン財務相と現ロンドン知事のカーンと元ロンドン知事のジョンソン氏が公開ディベートを行うことになっているので、そこが勝負の分かれ目かもしれない(当初は財務大臣のオズボーンとされていたが、カーンに変更されたようだ。新旧のロンドン知事対決である)

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ネットフリックス等に保護政策で立ち向かうEU

 欧州委員会は、ネットフリックスなどの動画配信サービスの運営会社に対して、一定数のEU作品(European works)の配信を義務づける改正案(音響•映像メディアサービス指令の改正案)を発表した。EUではすでに放送局の放送時間の最低限半分をEU内で作られた作品に割り当てることが定められている(フランス政府は、放送時間の60%がEU内の作品で、そのうち40%はフランスの作品でなければならないとしている)。

 今回の改正案は、既存の放送事業者だけでなく、ネットフリックス、アマゾンプライム、Ituneなどの動画配信の運営会社についても配信数の全体の20%に当たる作品をEU作品とするものである。動画配信会社は当然のごとく反発している。「視聴者が見たいものを提供できなくなる、視聴者が少ない作品を配信しなければならなくなれば市場を歪めることになる」と。

 ドラマや映画などの映像作品は、その国の言語や時代、生活様式などの文化を体現するものであるとして、EUは、文化の多様性を守るために市場競争に晒すべきではないとの立場をとってきた。映像分野ではハリウッドを始めとする米国作品が圧倒的に強い競争力を持っているので、米国の文化帝国主義から自国の文化を守るためにも外国作品を制限する措置をとってきたのだ。そして、最近のテレビからオンラインへの視聴のスタイルが移行してきている中で、外国作品が流入する抜け穴が生まれてきたので、それを食い止めるために新たな割当を設定しようとしている。

 自国の映像配信を義務付けることは、自由貿易の理念から真っ向から対立するものだ。それを文化の多様性の尊重といって一見すると普遍性がありそうな概念で正当化しようとするところがEUの狡猾で戦略的なところである。こういうことができるのもEUとして大きな経済市場があるからである。ネットフリックスはEUの巨大市場を無視することはできないので、EU作品の配信を行うし、自前でEU作品を作るだろう。もちろん、各国の作品をそれぞれ取り入れることは視聴者を獲得する上で欠かせないものであり、実際にEU全体のネットフリックスの映画作品をみると、約21%がEU作品だった。別に法律で義務を課さなくても、市場を開拓しようと思えばその国の作品を扱うことになるだろう。

 EU内でも全ての加盟国がこうした保護政策を取りたいわけではない。すでにオンラインの映像配信に割当を課している国は、保護政策の急先鋒のフランスを始めとする15ヶ国で、英国やスウェーデン、デンマーク、オランダ、ドイツなどの13ヶ国はそうした措置は取っていない。

 アメリカは良いコンテンツがあってそれを米国の会社が運営するプラットフォームが世界各国で提供することで輸出拡大している。EUはそれに狡猾な保護主義によって対応している。日本は良いコンテンツがあっても提供するプラットフォームがないし著作権のせいで輸出は伸びず、しかもEUからは保護主義によって閉め出しを受けるという残念な状況になりそうだが、大丈夫だろうか。

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 なお、EUにおけるテレビとオンデマンドの視聴時間のデータをみてみると、若者のテレビ離れはかなり顕著に進んでいる。下記のグラフ(2014)は、EU加盟国ごとの全世代と若者のテレビの1日当たりの平均視聴時間(録画等のタイムシフトを含めたもの)を比べたものだ。スウェーデンでは全世代含めて視聴時間が最も低いが、ルーマニアはその倍近くの視聴時間となっている。

 グラフ①:全世代と若者(10代後半〜20代前半)のテレビの平均視聴時間(加盟国別) 全世代と若者の平均視聴時間

 また、2011年と2014年のテレビの視聴時間の変化をみてみると、全世代の視聴時間はほとんど変わっていないが、若者の場合には4%減少している。ただし、加盟国別にみると、デンマーク(31%減)、スウェーデン(17%減)、英国(16%減)、ドイツ(13%減)となっており、西側諸国にテレビ離れが進んでいる印象を受ける。

 グラフ②:EUにおける全世代と若者のテレビ視聴時間の推移 世代別の視聴時間の推移

 一方で、オンデマンドの映像配信サービスの視聴時間(パソコン)をみてみると、2013年から2015年まででさほど増えておらず、全世代と若者層でも顕著な違いはみられなかったようだ。ただ、本報告書は、スマホやiPadなどの携帯デバイスでの視聴は含んでいないので、映像配信サービスをパソコンでみていないだけの可能性があると指摘している。

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