欧州議会の漁業委員会にアイルランド人のガラガーという議員がいる。母国のアイルランドでは閣僚経験を持ち、いつもジョークを飛ばす愛嬌と余裕のあるおじいちゃんだが、アイスランドのことになると、怒りのボルテージが急上昇、声を荒げて「アイスランドに対する(貿易)制裁を急げ」と訴える。最初はどうしてアイスランドに制裁をするのかよく分からなかった。アイスランドの銀行が破綻したことによる係争かとも思ったが、そんな経済金融の話は漁業委員会にはふさわしくない。よくよく聞いてみると、これはサバを巡る戦いであった(MACKEREL War)。
「サバ戦争」は、サバの漁獲枠を巡って、「英国+アイルランド +ノルウェー」vs「アイスランド+フェロー諸島(デンマークの自治領)」の間で現在進行中の「外交問題」のことである。これまでスコットランドやノルウェーの沿岸を回遊していたサバが2000年台後半から北へと回遊し始めた。それに応じてそれまで漁獲量がほとんどなかったアイスランドおよびフェロー諸島がサバを穫り始めた。イギリスやアイルランドは「過去の漁獲量に応じて漁獲枠を決めるべきだ」としてアイスランドおよびフェロー諸島に漁獲枠を抑制するように呼びかけている。一方、後者の二カ国は「サバは回遊ルートを変えて排他的経済水域(EEZ)に入ってきている。サバの漁獲枠を下げるのはお前たちだ」と反論。過去3年間、両者は交渉を続けているが主張は平行線を辿っている。その結果、持続的とされる漁獲水準を超過、全体の漁獲量は大幅に増えている。
北大西洋サバの漁獲量(Northeast Atlantic Mackerel Catches 2002-2011)
アイスランドのサバの漁獲量は2002年に53トンだったのが、2011年には16万トンまでに急増。フェロー諸島も2万トンから12万トンに増えている。全体に占める漁獲量の割合はそれぞれ17%、13%。しかし、これまでサバを利用してきたノルウェーやイギリス、アイルランドも同じくらいサバを穫り続けているため、持続的とされる漁獲枠の水準を大幅に超えている。2011年は全体で60万7千トンの漁獲枠が推奨されていたところ、90万4千トンの漁獲量が記録されている。
なぜサバの回遊ルートが北に移動しているのかについては、気候変動による海面気温の上昇が影響しているとか、一部ではサバの資源量自体が増えているという見方もあるが、正確なことは分かっていない。ただ、このまま毎年のように漁獲量が増えていけば、資源量の減少は避けられないといわれている。解決への道は、きちんとした漁獲枠の設定と分配ができるかどうかに掛かっている。
2013年、EU+ノルウェーはサバの科学的に設定された漁獲枠の90%を自分たちの取り分として割り当てている。これをそのまま飲み込めば、アイスランド、フェロー諸島はそれぞれ5%以下しか取れないことになる。アイスランドとフェロー諸島はこれを無視してそれぞれ1525%ほどの漁獲枠を設定するといっている(追記;アイスランドは漁獲枠を減らすと発表したが、それでも1223%を超える模様)。
アイスランドはGDPの9%を漁業セクターに依存している漁業国で、2008年の経済危機(国家破綻)の後に復活を遂げた要因には、サバの漁獲量の増加による輸出増が指摘されているほどだ。経済的にも心情的にも重要なセクターであるので簡単には折れないだろう。そもそもサバはアイスランドやフェロー諸島の排他的経済水域に入ってきている。この現実を無視し、過去の漁獲量に沿って漁獲枠を決めようとするのはやや理不尽にもみえる。もちろん、イギリスやノルウェーの主張にも一理ある。アイスランドは人口が32万人、フェロー諸島は5万人しかいないのに、イギリス•ノルウェーと同じ漁獲枠を要求するのは納得がいかないだろう。
ノルウェーは二カ国の漁船のサバの水揚げの一部を拒否しているが、EUはこうした措置を取るまでには至っていない。2012年の9月に欧州議会(下院)と閣僚理事会(上院)でアイスランドとフェロー諸島に対する制裁案(主に水揚げ禁止/サバの輸入禁止など)を承認したものの、まだ実際に発動されていない。執行機関の欧州委員会(行政部)は、制裁の発動には慎重。水産物の輸入禁止の措置が二カ国に大きなダメージを与えることは確かだが、これまでサバの水揚げを受け入れてきたスコットランドやアイルランドの漁港や加工業者にとっても損失となる。また、アイスランドがEU加盟の手続きをしているときに、EUの設定した漁獲枠に賛成しないからと制裁をすれば、アイスランド人のEUに対する感情は(さらに)悪化するだろう。今、まさに外交の駆け引きが行なわれている。これから欧州委員会がどう対応するか注目だ!