2014年5月22日~25日に第8回欧州議会選挙の投票が行われている。欧州議会選挙は、加盟国の人口に応じた数の代表者を直接選出する汎欧州選挙である。ブリュッセルの欧州委員会本部の建物には「今回の欧州議会選挙は一味違う(This time it’s different)」というPR広告が掲載されている。今回の欧州議会選挙の見所をまとめてみたい。
ポイント①:欧州議会の多数派政党から欧州委員長が選出されるか?
2009年のリスボン条約以後、欧州議会は、通商政策分野での承認決定手続き、漁業や農業、一部の司法分野での立法手続きに関与できるようになっており、EUの政策決定に欠かせない立法機関となっている。また、これまでは執行機関である欧州委員会の委員長(事実上のEU首相)をEU理事会(28加盟国で構成される立法組織)が任命していたが、リスボン条約は「欧州議会選挙の結果を考慮しなければならない」と規定しており、欧州議会で多数派を形成した欧州政党の代表者が委員長となる可能性がある。
議会制民主主義の国であれば、議会で多数派を形成した政党の代表がそのまま執行部の長である総理大臣になる(例えば、日本では自民党が衆議院で勝てば、安倍さんが首相になる)が、EUでは欧州議会の選挙結果は行政部のトップの選出には直接的には反映されてこなかった。だが、今回は歴史上初めて、欧州議会の主要5政党は自前の代表者を選出し、選挙キャンペーンを展開することとなった。主要4~5政党の代表者による公開討論会も開催してきた。欧州社民党の代表者のマーティン・シュルツは「もしもEU理事会が欧州議会の選挙結果を考慮せずに委員長を任命する場合には、欧州議会はその委員長候補者に対してNOを突き付けることになる」と述べている。
ただ、欧州人民党代表のクロード・ユンカーは明らかな賛成を示していない。欧州人民党の中には欧州議会による委員長の選出を支持する議員はいるが、欧州社民党、欧州自由党、その他の左派政党が40%近くの議席を取らなければ、拒否権の発動はできない。また、欧州社民党のマーティン・シュルツは個性が強すぎるため、EU理事会からも欧州議会の右派政党からも好かれていない。クロード・ユンカーも「連邦主義者」色が強いため、現実的に考えると、欧州議会からの委員長選出は難しいといえる。
(追記:選挙結果により欧州人民党が28%で多数勢力となったため、クロード・ユンカーが欧州議会推薦の最有力の委員長候補者となった。しかし、既に英国、ハンガリー、スウェーデン、オランダは公然と反対を唱えている。EU理事会は特別多数決(加盟国の割当票の74%の賛成)で決めないといけない。スペインやポーランドが反対に回ればユンケルの任命はなくなる。一方で、欧州議会はユンカー以外が任命されれば承認しないと脅しをかけており、任命を巡る対立は長引く見通し)
ポイント②:欧州議会の投票率は上がるのか?
欧州議会選挙に対する関心は決して高いとはいえず、前回2009年の投票率は43%だ。そもそも欧州議会の政策決定プロセスに果たす役割、それぞれの欧州政党の理念や政策の違いについてもあまり理解されていない。欧州議会選挙はあくまで加盟国政府に対する「中間審査の場」に過ぎず、有権者にとってはどこか遠くの、よくわからないものとして扱われている。
しかし、EUがいかに日常生活に大きな影響を及ぼすかについては、2010年の経済危機以後に強く理解されるようになった(と考えられる)。特に加盟国が権限を持っているはずの経済財政政策についても、EUレベルで緊縮財政の方向性が敷かれるようになった。ギリシャ、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどの南欧諸国では加盟国政府が変わっても、財政政策は変えられないのだ。
ブリュッセルの政策方針を変えるためには欧州議会選挙は最も有効な意思表示の場である。上記で紹介したように、欧州議会の主要政党はそれぞれ欧州委員長候補者を明らかにしており、経済財政、雇用、貿易などを含む政策についての公開討論会を展開してきた。緊縮財政VS財政支出について各立候補者の立場が明らかになり、また多数を獲得した政党の立候補者が欧州委員長になる可能性があれば、「ブリュッセルの方針は変えられる」という感覚が高まる。こうした期待が生まれれば、欧州議会選挙に参加する気にもなり、投票率の向上に繋がると考えられる。
ただ、劇的に投票率が上がるわけではない。そもそも一般の人には欧州政党の代表者の名前も顔もそこまで浸透していない。国政選挙であれば、主要政党の党首の顔や名前を知っている人は多いはずだが、欧州選挙でどこまでの人が「マーティン・シュルツ(社民党)」、「クロード・ユンカー(人民党)」、「ガイ・べホシュタッド(自民党)」を知っているだろうか? おそらくほとんど知らないだろう。加えて、新聞やTVのマスメディアも基本的には加盟国の政党の政局や政策論議に終始しており、欧州レベルの政策論議ができているとはいいがたい。つまり、EU専門家にとっては「今回は一味違う」選挙になっているが、普通の一般人にとってはそこまで変わらない選挙だともいえる。
(追記:今回の投票率は前回の43%から0.09%(!)増加し、43.9%となった。予想に反してほとんど伸びなかった。やはり普通の人にとってはブリュッセルは自分とは関係のない遠い世界のことなのだろうか?これについては改めて考察したいと思う)
ポイント③:極左・極右政党/反EU政党がどこまで支持を伸ばすのか?その影響は?
Vote Watchの最新世論調査分析(リンク)によれば、2014年の欧州議会における反EU派の議席割合は2009年の約9%(無所属+反EU)に対し、約18%まで増加する見込み。欧州人民党(中道右派)の割合は29%、欧州自民党(中道)は7.9%、欧州緑の党は5.9%まで減少するが、欧州社民党(中道左派)は27%に微増、欧州左党(左派)は7.1%まで増加する。つまり、反EU政党が勢力を伸ばし、中道右派政党が削られ、左派政党の議席が微増する見込みだ。
(追記:実際の選挙結果は、世論調査分析結果とほとんど変わらなかった。強いてギャップをあげれば、反EU勢力が1%余分に取ったこと、欧州自民党が2%予測よりも多く取ったことなど)
こうした結果がEUの政策形成にどういう影響を及ぼすのか?
まずはっきりしているのは、右派ブロック(人民党+自民党+保守改革党)、左派ブロック(社民党+自由党+緑の党)による多数派形成ができなくなることだ。前回までは右派ブロック(人民党+自民党+保守改革党)が経済財政・産業政策分野では過半数(約53%)を満たしていたが、今後はブロックごとの過半数占有は不可能となり、左右を超えた大連立的連携が求められる。こうした大連立の必要により、包括的な自由貿易協定、厳しい環境規制、難民や移民の受け入れへのバックラッシュが想定される。
しかし、反EU(極右)政党の躍進によってEUの政策決定が止まるということはない。これまでも欧州議会本会議における採決の約半分が社民党と人民党の大連立でなされていたことを思えば、こうした基本的な構図は変わらない。欧州でも日本でも極右政党の躍進が誇張されて伝えられる傾向があるが、彼らの議会への政策形成に及ぼす影響力は限定的だという点は強調したい。
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