なぜ英国はEU離脱に向かっていくのか?

 英国がEUに残るのか離脱するのか否か全く見通せない状況になってきた。当初は、国民投票が近づけば、リスクを回避しようとする人が増えると考えられていたが、むしろ、投票日が近づくほど離脱派が勢いを増してきており、EU離脱のシナリオが現実のものになりつつある。

 こうした事態に最も驚いているのはキャメロン首相だろう。

 キャメロン首相は、不確かな未来の危険性を指摘し、現状維持に訴える作戦で数多くの論戦を乗り越えてきた。2011年の選挙制度改革に関する国民投票の際には、改革案に賛成すれば、少数政党の増加により、宙吊り国会(hang parliament)になるとして反対キャンペーンを成功させた。2014年9月にスコットランドが英国独立を巡って住民投票を実施した際には、キャメロン首相は「スコットランドが独立すれば、EUにも加盟できず、通貨(ポンド)が使えなくなり、経済・雇用に大打撃を与える」という人々の不安に訴える選挙キャンペーンを展開して勝利を手にした。また、2015年5月の総選挙の時は、労働党が勝てば、スコットランド国民党と連立を組んで社会主義政策を進めるとネガティブキャンペーンを行うことで、下馬評を覆して過半数を確保することに成功した。

 今回の国民投票においても、キャメロン首相は、「不確かな未来」と「確かな現状」の二つの選択肢を迫れば、国民はEU残留を選ぶはずだと確信しており、「EU離脱は経済や雇用を破壊する」というキャンペーンを展開してきた。だが、経済問題で不安を掻き立てるキャンペーンは失敗しつつある。国民にメッセージが全然届いていないのである。

 グラフ:スコットランドの英国独立をめぐる住民投票(賛成・反対)の世論調査

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 英国世論調査会社のYougovによれば、スコットランドの独立を巡る住民投票(2014年9月17日)の時も終盤になって賛否が拮抗する構図だったが、最後の一週間でリスク回避に走る人が増えたようだ。今回のEU離脱に関する国民投票でも投票一ヶ月前になって賛否が拮抗する構図になっている。スコットランドのように、国民投票の終盤でEU残留に向かう人が増えてくるのだろうか?

 グラフ:個人の経済状況の向上・悪化・変化(住民投票と国民投票の1ヶ月前)

Screenshot 2016-06-08 22.18.19

 Yougovによれば、二年前の住民投票と今回の国民投票では、人々のリスクの認識に大きな違いが見られる。住民投票の一ヶ月前に「スコットランドが独立した場合に個人の経済状況が向上するか、悪化するか、変わらないか」という質問をしたところ、悪化すると回答したスコットランド人は42%で、変わらないと答えた人は22%だった。今回、これと同様の質問を英国人にしたところ、悪化する答えた割合は21%で、変わらないと回答した人は47%にも及んでいる。

 この調査が信頼できるものであるとすれば、キャメロン首相がなりふり構わず訴える経済的なリスクは国民に響いていない。どうして響かないのか? EU離脱のリスクをリスクとして認識していないのだろうか? もしそうだとしたら、まだあと二週間、キャメロン首相に巻き返しの可能性は残されている。だが、もし有権者が、EUに加盟して主権をコントロールできない方がリスクだと認識していれば、キャメロン首相が採用した経済リスクを訴える戦略は響かないだろう。実際、討論の主戦場は、経済問題ではなく、主権や移民の問題に移りつつある。

 むしろ、EU残留派が抱える最大のブレーキは、キャメロン首相である。彼の主張の内容は理路整然としていて理解できるし説得力があるが、共感しにくい。鼻持ちならない、金持ちのエリート野郎であり、米国のヒラリー・クリントンのような嫌味さが滲み出ている。何より、キャメロン首相のアキレス腱は、彼自身が保守党の党首になった時に純移民を数万人まで制限すると約束したマニフェストが守られいないことである。これは国民が最も関心を持っている問題であるが、マニフェストは守られるどころか、EU移民は17万人まで膨れ上がっている(2015年)。「キャメロン首相は数万人に制限すると言ったくせに、守られていないじゃないか」と離脱派から批判されれば、その点は真実なだけに反論ができない。いくら経済論戦で勝とうとも、この点でうまく立ち回ることができなければ、国民を動かすことはできず、支持は増えないだろう。

 一方、現在、英国のメディアを席巻しているのは離脱派のタレントたちだ。EU離脱派の主役は、元ロンドン知事のボリス・ジョンソンである。太っちょで小憎たらしいが、どこか憎めない、庶民派の大物議員だ。「ローマ帝国が欧州を支配したように、またドイツ第三帝国がしようとしたように、EUが欧州を支配しようとしている」というアウトな発言をしたが、勢いは全く止まらない。こうしたデマゴーグたちが論理ではなく感情に訴えるメッセージを繰り出すことで、冷静でエビデンスに基づいた議論が失われていく。まさに米国のトランプ現象と同じようなことが起こっている。

 EU離脱派が勝利すれば、ジョンソン政権が誕生する。米国でトランプ大統領が誕生すれば、英国と米国の「特別な関係」の再構築が始まりそうな気がするが、そんなこと考えたくもない。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: EU, 英国離脱 パーマリンク

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