EU離脱後に英国が迫られる選択②:ノルウェーになるか、カナダになるか?

 前回記事では、EUとの経済貿易関係を踏まえて、英国の産業貿易の特徴についてまとめた。今回は、英国がEUを離脱した場合に代替案として考えられる、ノルウェー、トルコ、カナダとの特別な貿易関係について取りまとめてみる。なお、この三つの代替モデルについては英国財務省が発表した経済影響分析の報告書の内容に基づいているが、個人的な補足と分析も加えている。

EU単一市場へのアクセスとそれに伴う義務

 
 英国民の大半は、EUの加盟国としての義務や規制の履行は減らしたいが、物品とサービスを自由にやり取りできるEU単一市場へのアクセスについてはできるだけ確保したいと考えている。しかし、EU単一市場にアクセスするためには、公平な競争環境を維持するための様々なルールや義務を遵守することが不可欠であり、英国民の要求は単一市場の原理に反するものである。

 EU単一市場のアクセスに伴う義務として、EU加盟国は、関税同盟(域内関税率及び税関手続きの廃止や対外関税の統一)、競争政策(公平な競争環境の確保)、EU域内の製品規格や安全環境基準(非関税障壁)、サービス分野の自由化及び規制(非関税障壁)の調和、人の移動の自由の保障の義務を負っている。実は、英国の場合、人の移動の自由の一部、EU予算への貢献などの義務において一定の特例や譲歩を勝ち得ている。しかし、それでもEU規制が過剰であるとして反発する人がたくさんいる。

 一方で、非EU加盟国のノルウェー、トルコ、カナダは、EU単一市場へのアクセスを求めてそれぞれEUと経済貿易関係を結んでいるが、それぞれ異なるアクセスの度合いと義務の契約関係を持っている。下記は、こうした関係を表で表したものである。

 図:EUの単一市場へのアクセスとそれに伴う義務事項Screenshot 2016-04-24 18.03.55

 

ノルウェーモデル

 
 ノルウェーは1992年、EU単一市場にアクセスするため、スイスを除くEFTA加盟国とEU加盟国で構成される「欧州経済領域(EEA)」に加盟した。しかし、1994年のEU加盟を巡る国民投票で反対票が52%の僅差で上回り、本丸のEU加盟を見送ることとなった。

 ノルウェーはEUに加盟していない国として最もEU加盟国に近い国と呼ばれているが、EU単一市場へのアクセスという点で、EEAとEUは具体的に何が違うのだろうか?  端的に言えば、EEAは、①EUの共通農業・漁業政策を採択する義務がない点と、②関税同盟から除外されている点に特徴がある。

 ノルウェーは、農業・漁業政策の自立性を維持しており、関税自主権も有している(実際にノルウェーはEU産の農産物に高い関税をかけており、EUはノルウェー産の農水産物に関税を課している)。また、関税同盟でないため、両者の物品の輸出入には税関の事務手続きが必要になり、ノルウェー原産(またはEU原産)であることを証明するための原産地証明書(origin proof)の提出が求められることとなる。原産地証明書は、第三国から完成品をノルウェーに輸入して、より安い関税でEU加盟国に輸出することを防ぐために、ノルウェー原産であることを証明するものである。

 一方で、ノルウェーはEU加盟国でないが、それとほぼ同等の義務の遵守が求められている。第一に、製品の規格や審査ルールに加えて、競争政策(独禁法や補助金規制)も調和させる義務がある。第二に、サービス分野の自由化及び規制ルールを調和させ、人の移動の自由を確保する必要がある。第三に、EEAの加盟国として、EU予算への貢献を求められ、他加盟国とほぼ遜色ない水準の上納金を支払っている(GDP1%弱)。

 特に大きな代償は、EU単一市場の関連法令に関する意思決定に全く関与できないことである。ノルウェーは加盟国ではないので、加盟国で構成される閣僚理事会(上院)に参加できず、欧州市民の直接選挙によって選ばれる欧州議会(下院)にも議員を送り込むことができない。EUで決められた法令やガイドラインがノルウェー政府にファックスで通知されるだけである。ノルウェー政府はその決定に不服があったとしても、意思決定に関与する余地はなく、単一市場に留まるためには甘んじて受け入れなければならない。

 上記のノルウェーの事情を踏まえれば、いくらノルウェーモデルが農業・漁業分野以外の単一市場へのアクセスを確保しているからといって、英国が意思決定に関与せずに結果だけを受け入れるかといえば極めて難しいだろう。世界の大英帝国からすれば、EUの属国になるようなものである。

(なお、スイスはEEAには属していないが、EUとは100件を超える個別分野ごとの協定を結んでおり、EU単一市場へのアクセスという点では一部のサービス分野を除いてノルウェーとほぼ同じ内容のアクセスと義務が課されている(詳細)。ただ、スイス国民が2014年2月の国民投票により、EU市民を含めて移民の数を制限することを支持したことから(賛成50.3%と反対49.67%)、EU側は人の移動の自由の義務に違反するものとして猛反発して、高等教育等の交換留学プログラム(ERASMUS+)やEU研究開発プログラム(HORIZON2020)の打ち切りを発表した。今後、スイスとEUは、今年6月の英国の国民投票が終わってから正式な協議を行うとしているが、英国に例外を認めればスイスを始めとする他国にも例外を認めることになりかねないため、すでに示している通り、EU側は極めて強固な姿勢をとるものとみられる。)

 

トルコモデル

 
 トルコは1996年からEUと関税同盟を結んでいる。

 関税同盟とは、同盟内における関税の統一、税関手続きの簡素化とともに、同盟外の国々との対外関税の統一を図るという内容である。EUとトルコは一つの関税共同体として物品の貿易は自由に行えるようになっている。例えば、非EU加盟国が自動車部品をEUとトルコに輸出する場合、いずれも関税率は10%である。

 関税同盟では、物品貿易に係る規格や安全基準などの規制は一定程度調和されており、非関税障壁も少なくなっている。また、競争政策の調和についても一定程度進んでいる。しかし、人の移動の自由の義務はない(そもそもEU側はトルコ人の渡航ビザに制限をかけている)。

 一方、関税同盟は、農水産分野を対象としておらず、EUとトルコ間の農産関連物品の輸出入については二国間で定められた関税率が適用されている(これはノルウェーと同様である)。また、サービス分野の自由化を含んでおらず、手付かずとなっている。

 関税同盟を結ぶことの代償は、EUが第三国と自由貿易協定(FTA)を締結した場合、トルコも後追いをして当該国とのFTAを結ぶ必要がある点である。関税同盟として関税率を統一している以上、トルコにはどの国とどんな関税取り決めを定めるかについては選択肢が与えられていない。トルコが米国や日本とのFTAを独自で結びたいと考えていたとしても、EUによる貿易政策の意向が優先されるため、その内容について口出しすることができないのである。

 英国は、EUのFTA戦略の欠如と交渉のスピードの遅延を批判してきたことから、FTAの内容に口出しできずに結果だけ通知されるような仕組みを受け入れるとはとても思えない。また、英国が得意とするサービスの自由化が含まれていないため、トルコモデルも代替案にはなりえない。

 

カナダモデル

 
 カナダは2016年2月、EUはとのFTAに合意しており、署名・批准プロセスを進めている。本協定は、ノルウェー(EEA)やスイスなどとの貿易協定を除けば、EUが過去合意してきたFTAの中で最も野心的で包括的なものとされている。

 物品貿易に関しては、全体として7年以内にカナダの関税品目の98.6%、EUの関税の98.7%を撤廃するとしている。工業製品に関しては7年以内に工業製品の全ての関税を撤廃する一方で、農産品についてはカナダは農産品全体の91.7%、EUは93.8%を撤廃する予定だが、センシティブ品目については一定数量までを関税ゼロとし、それを超過する分には一定の関税を維持することとしている(詳しい品目別の関税率についてはこちらを参照)。関税品目の自由化率だけでみれば、EUトルコの自由化率よりも高い水準のものになる。

 カナダモデルは、競争政策の調和はなされず、人の移動の自由の義務がなく、EU予算への貢献もないことから、EUからの義務要求を最小限としたい英国人にとっては良いモデルかもしれない。ただ、市場統合・貿易推進という観点からすれば、技術規格や安全基準、サービス自由化とその規制の調和は十分ではない。特に金融サービスのアクセスが部分的にしか確保されていない点は英国にとっては受け入れがたいだろう。逆に、金融を始めとするサービスのアクセスがより包括的に盛り込まれるのであれば、英国として受け入れ余地があるかもしれない。

 

WTOモデル

 
 WTOモデルは、物品貿易に係るルール(GATT)及びサービス貿易に係るルール(GATS)に基づく加盟国間の貿易関係であり、物品の関税率もサービスの自由化も基本的なレベルで確保されるものである(例えば、EUと日本、米国、中国のような関係である)。

 英国がEU離脱する場合、2年以内にEUと新たな貿易関係を再交渉を通じて合意する必要があるが、英国側がノルウェー、トルコ、カナダのいずれのモデルも受け入れられないとすれば、再交渉が頓挫する可能性がある(そもそもEUは英国との交渉は終わったと主張しており再交渉が実施されるのかすら不透明である)。

 もし再交渉が頓挫すれば、EUは英国に対して WTOルールを適用することとなり、英国はEU単一市場へのアクセスを全面的に失うことになる。このような最悪の事態を招来することは考え難いが、最悪のシナリオが現実にありえないと言い切れないところが怖いところである。

 (次回に続く)

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EU離脱後に英国が迫られる選択①

 前回記事では、英国のEU離脱を巡る世論は拮抗しており若者の投票率が残留の鍵を握っていると書いた。今回はより内容に踏み込んで、EUを離脱した場合に何が起こるのかを考えてみたい。EU基本条約(リスボン条約)の50条によれば、加盟国がEU離脱を選択する場合、2年以内にEUと経済貿易関係について交渉して合意する必要があるが、過去にEUを離脱した国がないので、2年以内に再交渉が行われるのかも見通せない。

 仮に英国がEUの離脱を選択する場合、現実的に取りうる選択肢としては、ノルウェー、トルコ、カナダがEUと結んでいる経済枠組みがあるが、これらはEU離脱の代替案になりうるのだろうか? これから3回にわ渡って、①EUの自由貿易圏、英国の産業構造の特徴を踏まえた上で、②ノルウェー、トルコ、カナダの枠組みについて紹介して、③英国のEU離脱がもたらす影響についてまとめてみる。

EUの自由貿易経済圏

 EUは28か国の500万人以上で構成された経済圏であり、資本、物品、サービスが自由にやり取りできる単一市場を持つ。日本国内での物品の貿易に関税がないと同様、EU域内の貿易では関税がかからず、税関や検疫のチェックも必要ない(関税同盟)。また、サービス分野も一定程度開放されており、ある加盟国に拠点を置くサービス事業者は他の加盟国でも同様のサービスを提供することができる(EU28か国のGDPに占めるサービス事業の割合は70%弱だが、そのうち46%は「原則として」既にに開放されている)。

 一方で、EU非加盟国との貿易については、特別な政治・経済枠組みの協定を結んでいない限りは、WTOの枠組みに沿って物品関税やサービス貿易のルールが適用される(日本や米国や中国など)。ここでの特別な特別な政治・経済枠組みの協定とは、主にノルウェーとの単一市場(EEA)、トルコとの関税同盟、カナダなどとの二国間の自由貿易協定等である。

 下記の図は、それらを図式化したものである。

図:EUの自由貿易圏及び二国間の貿易協定の構図

EUの自由貿易体制

英国の産業構造及び自由貿易

 英国は、北欧諸国やオランダととともに、EUにおける最大の自由貿易推進役であり、物品やサービス分野の規制緩和を図るとともに、競争環境の整備に注力してきた。英国の貿易政策の特徴は開放性(オープンネス)であり、英国企業か否かによらず、雇用や富を生む外国企業の誘致を推進し、良いサービスを提供する企業の他国への進出を図ってきた。

 1990年代にはEU単一市場が生まれたこともあり、英国の金融を始めとするサービス事業は急成長し、サービス貿易の割合も拡大している。世界銀行の統計によれば、英国における製造業の占める割合は11%と小さいが、サービス貿易がGDPに占める割合は19%と高い(ドイツでは23%、15%、日本では19%、7%)。過去23年の英国の貿易収支を見てみると、モノの貿易については赤字が拡大する傾向にある一方で、サービス貿易の黒字は伸び続けている。

 なお、金融や保険やその他ビジネス(コンサルや広告、会計等)などのサービス事業は英国の稼ぎ頭であり、金融と保険サービスだけでサービス貿易全体の32%を占めている。英国では製造業の衰退が進んでいるが、日系の自動車や鉄道メーカーが製造業の復活に貢献するとともに、製造業に紐付いた加工や修理、その他の付加価値を高めるビジネスサービスなどの需要も増加している。

図: 英国の物品・サービスに係る輸出入収支の推移(10億ポンド)英国の輸出入額の収支(サービス・貿易)

 英国の最大の貿易相手はといえば、もちろんEUだ。2015年は全体の輸出の43.7%、輸入の53.2%を占めている(スイスやノルウェーを含めればその割合はさらに高まる)。しかし、EUの貿易相手としての重要性は経済危機を経て少しずつ低下してきており、米国や中国などEU以外の国との貿易額が増加する傾向にある(特に輸出貿易)。保守的な英国人からすれば、EUの経済的な地位が低下しているにも関わらず、EUが保護主義を維持することで、英国企業の成長市場へのアクセスを阻害していると見えるのかもしれない。
 

図:英国の対EU輸出入額の割合(物品及びサービス貿易)

英国の対EU貿易割合

図:2015年英国の主要輸出相手(物品)図:2015年英国の主要輸出相手(サービス)

(ノルウェー、トルコ、カナダの選択肢の解説は次回へ続く)

※貿易統計は英国統計局の最新貿易データを参照(https://www.ons.gov.uk/economy/nationalaccounts/balanceofpayments)

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英国のEU残留の鍵は若者の投票率

 前回記事では、英国の国民投票に関する世論調査のメカニズムについて紹介した。その内容は,電話調査では残留を選ぶ人が多いが、オンライン調査では離脱を選ぶ人が多くなり、電話調査の方がより信頼性が高いというものである。では、このままいけば英国民はEU残留をすんなり選ぶのであろうか?

 その国民投票の結果について鍵を握るのが若者の投票率である。

 すでに多くのメディアや識者が指摘するように、英国のEU離脱を巡っては若年層と高齢者層で顕著なギャップが見られる。最近のIpsos Moriの世論調査(2016年3月末の電話調査)では、18〜24歳では77%、25〜34歳では63%の若者層が残留を支持する一方で、45〜54歳では37%、55〜64歳は41%しか残留を支持していない。10代〜30代の残留支持、40代後半以上の離脱支持が鮮明となっており、まさに世代間対立の様相を呈している。

 

図1:EU離脱を巡る国民投票に関する年齢別の賛否及び投票意図

EU離脱を巡る世論調査結果

 英国では高齢になるほど保守党(右派の政権与党)の支持割合が増える傾向にあるが、保守党と労働党の支持の差はせいぜい10%未満であることを踏まえれば、ここまで世代間で対立点が出てくる論点も珍しい。昨年のアイルランドの同性婚を認めるか否かに関する国民投票では、若者層と高齢者の世代間対立が注目されたが、それと似た様な構図となっている(過去記事を参照)。

 なぜこのような差が生まれるのだろうか? 

 一つの理由は教育水準の向上である。若い世代の教育水準(高校・大学進学率)は親世代と比べて大幅に向上している。OECDによれば,高等教育資格(Tertiary education=大学・短大・高専等)を持つ人の割合は、55〜64歳では33%であるのに対して、25〜34歳では48%まで増加している(2012年時点)。若者の方が メディアや旅行・留学を通じた 異文化との接触が多く、EUというものの存在や恩恵を感じやすい、EUから切り離されることのリスクに敏感なのかもしれない。

 このように世代間の対立が注目されるが、上記の世論調査の全体結果を見ると、残留派が49%、離脱派が41%となっており僅差状態である。だが、その中で「確実に投票するつもりだ」と答えた人の割合を見ると、18〜24歳は32%、25-54歳は54%に留まる一方で、高齢層の65歳以上は78%に達する。もしも残留派と離脱派の僅差の状態が続けば、高齢者が相対的に若者層よりも高い割合で投票所に向かい、離脱を支持する割合が大きくなるだろう。

 

図2:2015年総選挙の年齢別投票率と全体投票者に占める割合事後調査及び人口統計

総選挙の年齢別投票率等

 上記の図は、2015年の英国総選挙における年齢別の投票率及び全体の投票者に占める(年齢別の投票者の)割合を示したものである。全体平均の投票率は66%、若者層の投票率は40%〜60%台であるが、高齢者層の投票率は70%を超えている。また、有権者数の年齢別の人口割合を見ると、18〜24歳は12%、25〜34歳は17%だが、実際に投票した人の割合を見ると、それぞれ8%、14%に下がる。逆に45歳以上は人口割合以上に投票に参加している。

 上記をまとめれば、全体の投票率、特に若年層の投票率が英国が残留するか否かの鍵を握ると言える。もし全体の投票率が30%〜40%に低迷するようなことがあれば、もともと投票に行く蓋然性が高いと言われる離脱派に有利になることから、離脱の可能性が高くなるが、逆に投票率が60%を超えてくれば、残留に傾くはずである。

 ※すいません、当初の数字と図が間違っていたので修正しました(4月11日時点)

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なぜ電話での世論調査の方が信頼できるのか? -英国の国民投票に関する報告書から-

 EU離脱を巡る英国の国民投票が二ヶ月半後 (6月23日)に近づいている。英国の未来、そしてEUの未来を決める大きなターニングポイントである。すでに賛成派と反対派で激しいバトルを繰り広げており、これからより激しいものになるだろう。

 各種の世論調査をみると、英残留派の方が5%〜15%ほどリードしているようだが、そもそも世論調査の結果は信頼できるものなのだろうか? 

 実は、昨年の英国の総選挙では、ほぼ全ての世論調査会社が大失態を犯した。保守党(現政権党)と労働党の得票率は拮抗し、ハングパーラメント(宙吊り国会)になると予測していたが、フタを開けてみれば、保守党は労働党を6%以上も引き離し、過半数の議席を獲得したのだ。

 なぜ世論調査は間違ってしまったのか? その原因は何か? 6月の国民投票についても間違った予測をするのではないか? こうした疑問を持つ人たちもいるだろう。

 先日、これらの疑問に一定の回答を与える報告書が発表されていたので、紹介したい。特に二つ目の報告書(Populus)は、調査手法や質問の仕方の違いに着目して分析しており、とても示唆的である。

英国世論調査団体(British Polling Associations)の報告書(リンク

 本報告書によれば、事前の予測と実際の結果にズレが生じた主な原因は、サンプル集団の隔たりが大きかったこと(Unrepresentative samples)にある。

 去年の総選挙では、労働党の支持者が多くサンプルに含まれていたが、保守党の支持者が上手く抽出されなかった可能性があるという。なぜサンプル集団に隔たりが出たのかについては、18歳-24歳、25歳-34歳などの年齢区分の幅が広く正確に抽出されていない、70歳以上が特に抽出されていないなどの技術的な問題もあると考えられるが、それ以外の要因も多く、解明されていない。

 例えば、報告書は、その他の要因についても次のようにまとめている。

 ①事前投票(全体の約20%)、②在外投票、③選挙人登録(未登録の存在)、④質問の仕方(隠れ保守党支持の存在)、⑤最終局面での変節、⑥故意の虚偽報告、⑦投票率(投票所に行くと答えておきながら、実際は行かない人の存在)、⑧調査手段(電話・オンライン調査の違い)。

世論調査会社(Populus)の報告書(リンク

 こちらの報告書は、上記の⑧の要因部分の、電話調査とオンライン調査によって異なる結果が生じていることそれが生じる背景や要因について考察したものである。本報告書によれば、EU離脱に関する過去の世論調査(約80件)を見ると、電話調査では残留が離脱よりも15%〜20%ほど多いのに対して、オンライン調査では残留と離脱がほぼ拮抗しているという(下記の図は過去の世論調査結果を時系列的に示したものである)

Screen Shot 2016-04-06 at 12.42.31 AM

 なぜ電話調査だとオンライン調査よりも残留派が多くなるのか? なぜオンラインだと離脱派が多くなるのか? 筆者によれば、その違いは大きく次の二つの要因から来ているという。

 一つ目の要因は、オンライン調査の方が「わからない」という選択肢を選ぶ人が多いことである。電話調査では、二択(Remain or Leave)しか無く、「わからない」という選択肢は提示しない(回答者がそう答えればそれをカウントする)。一方で、オンライン調査では、三択(Remain or Leave or I dont know)が提示されている。つまり、二つしか選択肢がない場合、残留を選択するはずの人が、「わからない」という選択肢が出てくることによって、そちらを選ぶようになるのである。実際、電話調査においても「わからない」という選択肢をわざと明示的に提示した場合には、「わからない」を選択する人が増加し、残留と離脱の差が縮まったとの結果がある(もちろん、サンプル集団が違うため、必ずしも正確な比較はできないが)。

 二つ目の要因は、オンライン調査の方がサンプル集団に隔たりが大きいことである。まず報告書によれば、オンライン調査で抽出されたものと電話のものを横に並べてみると、両リストともに年齢や学歴、家族など個人の属性に沿って抽出されたものであり、さほど違いはなかった。だが、ジェンダーや人種、アイデンティティーなどに対する社会的態度(Social Attitute)を分析すると、オンライン調査のサンプル集団の方が保守的な考えを持つ人が多いこと、つまり、サンプル集団を抽出する段階で調査手法が大きく影響を与えていることがわかった。

 ではなぜオンライン調査では保守的な考えを持つ人が多かったのか?

 報告書は、サンプル集団の抽出にかける時間が十分ではない可能性を示唆している。すなわち、オンライン調査は、一定期間中にウェブ上の質問に回答を求めるものであるが、これに早い段階で回答する人は保守的な考えを持っている傾向が高く、より遅く回答する人ほどよりリベラルな考えを持っている、というものだ。こうした隔たりをなくし、よりバランスの良い回答を得るためには、サンプルの抽出回数をなるべく多く取る必要があると指摘する。もちろん、これはオンラインだけでなく、電話での調査でも当てはまることであろう。

まとめ

 過去1年間のEU離脱に関する世論調査では、電話調査とオンライン調査が行われているが、上記の二つの要因(「わからない」という選択肢とサンプル集団の隔たり)を踏まえれば、電話調査の方が妥当性が高い。オンラインの世論調査を含めると、離脱派と残留派が拮抗しているように見えるが、電話では残留派が15%〜20%ほどリードするとしているものが多い。

 そうは言いつつも、やはり何が起こるかはわからない。離脱支持派は高齢者に多く、残留派は若者に多いため、全体の投票率が低くなった場合には、若者は投票に行かない傾向があることから、離脱派が勝つ可能性が出てくる。また、6月からは本格的なTVディベートも行われるはずであり、それによって情勢がガラッと変わることも考えられるだろう。

 

 

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勉強会の資料アップ

 先日、乙武さんが主宰する勉強会に、「若者と政治参加の制度設計」というテーマについて講師(笑)として話をしてきました。私からは、若者の政治参加の概念等、日本を含む先進国における現状と分析、そして欧州の若者参画の取り組みについて説明しました。

 (当日のプレゼンテーションの内容はこちらです)。

 
 まずは私が30分ほど話題提供を兼ねてプレゼンテーションをした上で、乙武さんと参加者を交えて質疑応答を行い、その後、参加者同士のワークショップを行いました。

 ワークショップは、各グループごとに「若者と政治に〜〜という選択肢!」を考えて発表するというもので、運営側の若者らがファシリテーターとして入り、議論を主導していました。そもそも勉強会のコンセプトが「参加者皆が初対面(リピーターはナシ)」だったのですが、全くよそよそしさは感じられず、時間をオーバーするほど議論は盛り上がった(はず)。個人的には、「選択肢があるという選択肢を!」という発表がツボでした。

 また、中学校以来の尊敬する乙武さんにお会いできて大変光栄でした。イメージ通り、勉強熱心でいながら謙虚でいて、ざっくばらんでいて、周りの人を明るく元気にする人で、特に若者の話を真剣に聞き応援する様子を見ると、この人の周りにたくさんの若者が集まってくるのが納得できます。

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遅ればせながら今年もよろしくお願いします

 気がつけば、半年以上もブログ更新をしていなかった。一度長期にわたって更新をしなくなると、ログインすらしなくなる。もちろん、新しい仕事を始めて、それに慣れるのに忙しかったというのもあるが。

 去年の春から、中央省庁で働き始めるようになった。知り合いからEUに関わる業務案件を紹介してもらったところ、業務内容が私の研究や経験に合致する分野だったので、二つ返事で承諾した。

 それまで個人や小さな組織の中でしか働いたことがなかったが、意外にも楽しく充実した日々を送っている。仕事としては出張もいけるし、新しく学ぶことも多い(というか知らないことばかりで学ぶことばかりである)。特に、同僚らは極めて優秀で学ぶことが多い。メモ取りとそれをまとめるスピードで言ったら、一般的に官僚に敵うものはいないだろう。訓練であそこまでできるものなのかと感嘆する。

 また、個人的には、朝の時間を無駄にせず、毎日職場で人に会うようになったことも大きな収穫である。それまで個人で働いていた時は、朝は9時か10時にダラダラと起きて、夕方から仕事をし始めたり、一週間全然人と会わずに家に過ごしたりしていた。仕事さえすればどこにいても何しても制約がないというのは理想的なライフスタイルだったが、仕事の性質上は孤独な作業で、逆にストレスが溜まることもあった。こうしてみると、組織で働くことは性に合っているかもしれないと思うようになった。もちろん、仕事の内容と職場の同僚にもよるだろうが。

 さて、今年のことだが、今の仕事で課された内容はしっかりとこなすことはマストだが、この業務はずっと続けるものではないので、中長期的なキャリアプランを立てないといけない。これまでは自分の興味や問題意識のある分野に手を出して「戦線」を広げるというスタイルをとっていたが、そろそろ自分の強みを確立していく時期に来ているという気がする。主にEU研究を軸とすることは揺るがないが、その上でどこに自分の付加価値を見出して高めていくかを考えなければならない。

 是日々精進。今年もよろしくお願いします。

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EUにおける平均離家年齢は26歳

先月末、EUがYouth Monitorという若者に関わる様々な統計について発表した(トピックは、若者人口、失業率、雇用割合から、政治への関心度、文化や芸術との関わり、ボランティアへの参加度など)。Youth Monitorのページをみてみると、特段目新しい内容はないように思ったが、平均離家年齢(Mean age of young people leaving the parental household)という指標が気になった。

平均離家年齢とは、若者が両親の家を出て暮らし始めた平均年齢のことであり、EU内の労働力調査に基づいて算出されたものである(詳しい手法は不明だが、15歳から70歳までを対象とした調査に離家年齢の質問項目を入れて算出したものだろう)。

同調査によれば、平均離家年齢が低いのはスウェーデン(19.6歳)やデンマーク(21.2歳)などの北欧諸国で、その次はフランス、オランダ、ドイツ、英国などが続く。逆に、平均年齢が高いのは南欧諸国、東欧諸国で、最も平均年齢が高いのはクロアチアの30.9歳であった。なお、EU全体の平均離家年齢は26歳であり、この数値は過去ほとんど変わっていない(26.3歳から26.1歳になっているのでやや微減だが)。

 図:EUの国別の平均離家年齢(2013)

EUにおける平均離家年齢 日本ではパラサイトシングのように、実家に「寄生」する若者が問題として扱われてきたが、こうした大きな視点で見てみると、日本だけが抱える特殊な問題というわけでもなさそうである(スウェーデンにいたときはさすが欧州は自立年齢が早い!とか思っていたが、あくまでも北欧諸国が特別な事例であり、欧州のメインストリームではないことに今更ながら気づかされる)

ちなみに,日本の平均離家年齢について探してみたところ、5年に一度の国勢調査(2009)で約21~22歳との結果があった。これだけみると、日本も北欧諸国と遜色がないが、直感的に低すぎるような気がする(たぶん離家の定義が定まっておらず実態よりも低い結果になったのだと思う)。なお、日本の30歳~34歳の親との同居割合をみると、男性は47.9%、女性は36.9%であった。他国のデータがないのでなんともいえないのだが,男性については約2人に1人が親との同居ということであり、これはこれで相当に高い気がする(ただし,同調査は、調査の手法上、実態よりも同居割合が高くなる可能性を認めている)。

        表:日本における親との同居割合(年齢別)
     親との同居率

 EU全体として,若者の離家年齢だけでなく親との同居割合を算出してくれればより正確な比較ができるのだが。

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