4.日本とEUのEPA交渉の焦点は鉄道セクター:ありうるシナリオ

これまで123の投稿において、EUの主張する日本の鉄道セクターの調達市場における閉鎖性については誇張があり、必ずしも日本がEUに対して閉鎖的とはいえない、と書いた。それにも関わらず、日本側の“非関税障壁”ばかりが焦点になることにはEUの業界団体のロビーイングの影響力や日本政府および鉄道業界団体のPR不足があるとも指摘した。

もちろん、日本政府にはEU側の電化製品や自動車に対する輸入関税を引き下げるという目的があり、それを達成するにはEU側の鉄道セクターを含む政府公共調達分野などで譲歩しなければならない、という事情がある。あえて好意的な見方をすれば、外務省や経産省は、EUとのEPAを締結するため、EUの産業界に対してあえて反論をしてこなかったともいえる。

いずれにしても、今後の鉄道を交渉課題は、日本はどこまで譲歩するべきなのか、どこで妥協ができるかを見極めることである。以下は鉄道セクターの公共調達に特化しながら、いくつかのありうるシナリオについて考えたい。

シナリオ1:鉄道セクターに競争入札の原則を入れずに現状維持

鉄道市場の開放せずに現状維持というのは、日本の鉄道会社にとっては最適な選択肢であるが、実現可能性は低いだろう。いくら理不尽な要求だとしても、交渉事である限り、どこかで譲歩する必要がある。仮に他の分野で大幅な譲歩があったとしても(ex 自動車における軽自動車の優遇措置の緩和、技術要件の相互認証、日本の農業製品の関税引き下げ)、鉄道の公共調達でも一定程度の譲歩は必要になる。すでに日本政府は、欧州委員会に対して、日本の鉄道および都市内交通市場を開放するために「効果的な措置を取る」と約束している上(JETROのレポート)、EUの閣僚理事会(上院)でも欧州議会(下院)でも同分野での譲歩はEPA締結の重要な条件とされている。もしも日本側から鉄道における譲歩がなければ、EPAの締結自体に支障をきたすことになる。

シナリオ2:EUの要望通りに公共調達の競争入札を確保

シナリオ2はEU側の要望をそのまま実現することを意味するが、日本の鉄道会社にとってはあまり好ましいものではない。先の投稿でも述べたように、競争入札を確保するためには、書類の英文化はもちろん、契約書の仕様や条件内容も事細かく準備する必要が出てくるため、事務的な作業が増える。また、日本の場合、鉄道会社と鉄道車両メーカーの「共同開発」に近いやり方の変更を迫られる可能性もある。日本の主要鉄道会社は子会社に車両メーカーを抱えていることもあり、単なる事務作業の増加に留まらない悪影響を及ぼすことも考えられる。

一方で、川崎重工や日立、東芝などの鉄道車両や部品などを製造するグローバル企業は海外への輸出拡大を図っていることもあり、日本の市場開放を好意的に受け入れるかもしれない。日本における鉄道の公共調達市場で競争入札が確保されれば、相互主義の原則により、現在、制限されている日本企業によるEUの鉄道市場へのアクセスを認めなければならなくなる。そうなれば、これまでビッグスリー(シーメンス、アルストム、ボンバルディア)に支配されていた欧州鉄道市場に日本企業がより進出できることになる。

ただし、このシナリオ2の実現性も微妙だ。現在、日本の鉄道メーカーはEUメーカーにとっての唯一の本格的な競合相手である。日本企業がEU市場への本格参戦してくると既存のシェアを奪われるため、日本の鉄道市場の完全な開放までは求めないとの見方がある。

実際、2009年に日立がイギリスの都市間高速鉄道計画(Intercity Express Programme)を受注したときは、欧州のビッグスリーに大きな衝撃が走った。しかも、日立が地元に雇用を創出していること、きちんと期限に合わせて開発車両を納入したこと、その後、2013年にも追加受注を受けたことで、日立の評価は急上昇しており、欧州では日本企業の参入を認めてはヤバいという雰囲気が生まれている。UNIFEはこれ以降、日本の鉄道は外資に閉じているにもかかわらず、EUの市場に食い込んでいるとして激しい批判を展開している( プレスリリース)。

なお、現在、(EUの考える)相互主義の原則の下で、EUにおける日本の鉄道メーカーの入札は原則として制限されているが、実際に入札を認めるかどうかは加盟国や担当官庁が自由に決定できる。前の投稿でも書いたように、EUの鉄道事業者の中には、ビッグスリーの支配によって欧州内の競争環境が制限されている状況を好ましくないと考え、イギリスのように日本の鉄道メーカーの参入を求めているところもある(追記:スウェーデン政府および鉄道会社(SJ)も最近鉄道分野、特に高速鉄道で日本に関心を持っており、日本からの派遣団を招いて意見交換を行なっている。今後は共同の行動計画を作成するという。スウェーデン政府の10月7日のプレスリリース)。

こうした背景を勘案すると、日本鉄道メーカーとのガチンコ対決を避けるため、EUの鉄道メーカーは完全なる競争入札の実現までは求めない可能性もある。むしろ、彼らが声高に日本を批判する裏には、日本の市場開放を目的としているわけでなく、EUの加盟国や鉄道事業者に対し、日本の企業に落札させないための牽制球を投げているとの見方もある。正直、彼らの本心は実際に聞かないと分からない。しかしながら、日立はすでにイギリスに工場と雇用を持っているため、日本が市場を開放しようがしまいが、原則として「欧州の企業」としてEU内の入札に参加できるようになり、今後、イギリスを拠点にして欧州大陸にも進出していくこととなる。そうなると、欧州鉄道市場にはすでに”日本からの”参入できる通路”が出来ているため、欧州鉄道メーカーとしてはやはり日本の鉄道市場へのアクセスを求めると考えられる。

シナリオ3:部分的に鉄道調達の入札アクセスを認める

日欧の鉄道の利害関係者のそれぞれの利益や思惑が複雑に絡み合っていることを考えると、シナリオ1や2のようにすっきりした形にはならない。むしろ、最もありえるシナリオは、シナリオ1とシナリオ2の妥協案だろう。

既述した通り、すでに日本政府は、欧州委員会に対して日本の鉄道および都市内交通市場を開放するために「効果的な措置を取る」と約束している。また、JR東日本も意識的かどうかわからないが、EUの鉄道メーカーからの無線制御システム(CBTC)の購入を決めている(JR東日本のプレスリリース)。

特にEUに対する効果的な譲歩としてありうるのは、こうしたICT関連のインフラ管理技術および欧州規格の受け入れである。EUは欧州域内で相互運用性を確保した欧州列車制御システム(ERTMS)の開発および普及に力を入れており、こうした欧州規格の国際市場での普及を狙っている(追記:実際に列車制御システムの分野ではEUは日本より先行しているとされる)。ERTMSに沿った鉄道通信技術が国際規格になれば、その他の新興国市場にも輸出の裾野が広がり、EUの企業にとってもメリットになる。こうした点について、欧州議会の域内市場委員会議長を務め、欧州鉄道連盟の会員でもあるMALCOM HARBER議員(英)は、相互主義という曖昧な概念を盾に市場開放を迫ることは政治的に間違ったサインを与えかねないとして反対を示した上、むしろ、EPA交渉においては(主に欧州の)鉄道の規格標準化を進めることの重要性を強調している(欧州鉄道連盟の会議議事録

鉄道の規格に関しては、ERTMSに沿った無線通信システムの他にも、車輪、線路、認証プロセス、防火安全装置などがある。こうした項目のいくつかの規格を取り入れたり、日本の規格との相互承認を進めていけば、EU側への”目に見える譲歩”にはなるだろう。また、EUと協調して鉄道に関わる国際標準化を進めていけば、今後、更に大きな競合相手になりうる中国などの新興国との競争にも有利になるという点で、日本にとっても悪い話ではない。

まとめ

これまで四回にわたって日欧EPAの焦点の一つである鉄道の公共調達市場を巡る動きについてまとめてきた。やや欧州の鉄道メーカーに対して批判的なことも書いたが、それはやはり公共事業として成り立っている欧州の鉄道と完全に民営化モデルで運営している(しようとしている)日本の鉄道システムを比較して「公平な土俵」を要求すること自体に違和感を持ったからだ。

もちろん、文句ばかりいっていても仕方ない。EUは(今はまだ)世界で最も大きな市場を持っており、米国とともに国際標準を設定するだけのパワーがある。相対的に小さな日本がEUとの自由貿易協定で自分たちの本当に欲しいもの(議論の余地あり?)を取るためには理不尽な要求であっても譲歩するところは譲歩しなければならない。

また、鉄道市場の外国メーカーに対する門戸開放が、日本の国益にとってマイナスかどうかは分からない。日本の国内市場をより国際的競争環境にさらすことで、逆に、日本の鉄道会社や鉄道メーカーが輸出競争力を高めることができるかもしれない。特に現代は製造業2.0といわれるように、従来の「ものづくり」に加えて、車両や通信機器のメンテナンスやアフターケアなどのサービスを付加価値として提供していくことが求められる。これまで事故があったら駆けつけるという「阿吽の呼吸」でビジネスを行ってきた国内の鉄道会社と鉄道メーカーは、もっとサービス分野におけるお金の分捕り方を学んでいかないといけない。そういう意味では、グローバル競争に勝つためにまず日本をグローバル化させるということはたしかに理にかなっている。

ただし、日系の企業(あるいは欧米企業)がグローバル競争に勝ち続けたとしても、そのことが日本人(欧米人)の福祉の向上に繋がるかどうかは分からない。自由貿易体制を進めれば進めるほど、より力の持つグローバル企業がロビーイングを通じて我田引水に国際規格(標準)を定め、市場アクセスを要求し、世界の市場シェアを奪っていく。その結果、これから生まれて来るはずだった良いサービスの芽を潰し、自由競争を阻害してしまうことも考えられる。かといって、世界貿易から目を背けて日本だけで自立的に生きていける世界ではない。グローバル化の時代にあって、日本の鉄道市場をより国際的な競争に開いた上で、日本の良い特殊性を維持するというバランスの取れた舵取りは非常に難しくなっている。今回のEPA交渉でも、そうした白黒とつかない難しさを引き受けた上でどのように決断していくかが問われている。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
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