先の投稿(1)で、10月21日から予定されている第三回の日本-EUのEPA締結交渉では、EUが非関税障壁と批判する「日本の政府調達市場(特に鉄道セクター)」が焦点の一つになると書いた。EUは、政府調達においては世界で最も開かれた市場であることを喧伝し、第三国の政府調達の門戸開放運動を積極的に展開している(特に中国などの新興国や日本や米国の鉄道市場)。日本の非関税障壁の撤廃がEPA締結の条件になっていることもあり、今回の交渉ラウンドではEU側は強気で出てくると思われる。
こうしたEUの主張に対して日本は、日本の政府公共調達市場は特段閉鎖的なわけではないとした上で、むしろ、EU側の開かれた政府調達市場という主張こそ誇張されていると批判している。以下では、EU市場の開放度に関するEU内外からの批判的な見方を紹介したい。
EUは、政府調達をGDP全体の15-20%を占める重要な分野と認識し、グリーン調達を含めて新しい成長戦略の一環として位置付けている。しかし、第三国の政府調達市場はEUほどに開かれておらず、EU企業が不当な競争環境に置かれていると主張している。EUのこうした言い分は、WTOの政府調達協定(Government Procurement Agreement:GPA)のコミットメントの割合(政府調達市場において入札機会の保障されている項目の金額割合)を指標としている。これによると、EUはGPAの約85%の項目でコミットメントがあるが、アメリカは32%、日本は28%に過ぎない(下記の報告書参照)。
しかし、EUの市場開放度が他国よりも高いと根拠にしているGPAのコミットメントの割合は、指標として問題があると指摘されている。こうした批判は、EU加盟国からも欧州議会の調査局からも出ている。2013年6月18日の国際貿易委員会の質疑に提出された外部調査報告書は、主に以下の問題点を指摘した上、EUの公共調達市場が他国よりも開放されていると言い切るのは誇大広告であり、適切ではないと結論づけている。
- 欧州委員会は、インパクト評価において、EUはGPAの約85%の項目でコミットメントを締結しているが、アメリカは32%、日本は28%に過ぎないと指摘したが、2012年のGPA改訂に伴うコミットメントの変更を反映していない。
- また、こうした法的開放度(GPAのコミットメント)だけを指標とするのは適切ではない。たとえ、コミットメントしていたとしても、商慣行や文化の違いによって自国の事業者が有利な立場にいることには変わりはない。 また、たとえ、コミットメントしていない分野でも第三国から受注を受けることはできる。法的枠組みだけで見ると、これらの数字は反映されない。
- 実際、GPAのコミットメントではなく、市場占有率(公共調達市場における外国の事業者の受注金額割合)で見た場合、EUの市場開放度は、中国、韓国よりも低くなり、日本とはほとんど変わらない。むしろ、フランスとドイツ(EU2)の平均受注金額の割合をみると、日本の政府公共調達の方が開かれているともいえる。
また、EUは、こうした認識に基づき、「第三国のEU市場へのアクセスに関する規制」の制定を進めている。同法案は、EUの第三国の公共調達市場へのアクセス向上を目的に、第三国がEUとの相互主義の原則を満たしていない場合には、第三国の事業者のEU市場へのアクセスを制限し報復措置を取る、としている。
しかしながら、上記で見たように、そもそも貿易相手国の公共調達市場の開放度がEUの想定よりもすでに高いとすれば、たとえ第三国のGPAのコミットメントの割合が増えたとしても、EUの企業による受注拡大の効果は高くない。むしろ、こうした規制案はEU側の保護主義的な政策として認識され、逆に中国など新興国からの報復措置を招き、貿易戦争に発展する危険すらある。
実際、6月17日の国際貿易委員会で、同法案のラポーターを務めるDaniel CASPRAY議員(EPP、ドイツ)は、「欧州委員会のインパクト評価にこれほど問題があるとは思わず、驚きを隠せない。同提案を取り下げることは考えていないが、調査報告書の内容を精査した後、改めて修正案の調整を行う」とコメント。その他にもシャドウラポーターのEmma MACLARKIN議員(ECR, イギリス)は「EUの公共調達市場の開放度が他国と比べて高くないとすれば、(第三国に対する報復措置を含んだ)規制法案を制定する必要があるのか? 他のラポータ-および欧州委員会と相談して今後の対応を決めなければならない」と述べている。(参考:委員会審議のビデオ)。
こうした事実関係を抑えた上で、日本-EUのEPA交渉の動向をみると、日本側の「EUは自分の脛の傷には目をつぶり、日本の非関税障壁ばかりを攻撃している」という批判には一定の合理性があるだろう。
今後、日本側が交渉の中でどういうアプローチを取るのかに注目される。そもそも、日本の交渉立場は一枚岩ではなく、省庁間でバラつきがある。国土交通省はJRなどの鉄道業界とともに日本型の鉄道システムを守りたいとの立場だが、経産省や外務省はより鉄道という日本の強みのある市場を開放していくことで輸出競争力を強化したいとの姿勢を見せている。また、国内で発言力のある自動車業界のEPAの締結に向けた圧力もあるだろう。こうした政治力学的な観点から見ると、国交省や鉄道業界の言い分にも理があったとしても、FTAの締結を最優先とする経産省/外務省が、鉄道市場の開放を押し通すというシナリオが有力に思える。
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