今年もよろしくお願いいたします。

 けましておめでとうございます。2009年という年は、自分の人生のなかでも転機の年だったといえるかもしれません。それは言うまでもなく、スウェーデンに留学したこと、フィンランドの外国特派員プログラムに参加できたことがあります。これらの経験を通じて、自分の手持ちの知識、友人・交友関係、世界観が大きく広がりました。そして、このようにそれなりに楽しく人生を送れているのも、いろいろな方々のご助力のおかげです。本当に感謝しております。ありがとうございます。
 去年は素敵な人たちとの出会いに恵まれたことで、逆に出来過ぎた年だったかもしれません。今年は果たしてどうなることやら。楽しみであると同時に不安でもありますが、ご縁に任せるところはご縁に任せて、一日一日を密度を深く意味あるものとして過ごしていこうと思います。いまはどちらかというとフラフラとしていて充電中というか放電中という状態にありますが、できるだけ早く、そして色んな形で、身近な家族や友人、そして日本と世界という大いなるものに対して何かしらを還元できればと思っています。具体的なプランはまたこれからじっくりと煮つめていきます。どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

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久しぶりに神社へ

 年は私にとってもお祓い前厄に当たる年である。実は、今まで一度もお祓いを受けたことがなかった。めんどくさいと思っていたのだろうか。いずれにしろ、今年、両親と一緒にお祓いを受けにいった。
 This new year is the year before a crucially unlucky age in my life according to a Shinto tradtion. To be honest, I have never had an experience of being purified at a shrine by a priest. Maybe when I was younger, I felt like I would like not to spend time and money for something that its effect was vague and unseen. Anyway, I went to a local shrine with my parents this year for the ritual for purification.
 午後の元旦は快晴だった。久し振りの地元の神社である。普段は閑散としている空間が、人の身体で埋め尽くされている。まずお祓いの受付をする。本館の、いかにも和室という感じの畳の部屋に案内された。お茶とお茶菓子を食べながら、待つこと二十分、順番が来て列に整列して並ぶ。袖無の白い装束を身に付けたのち、外に出て隣の拝殿へと向かう。伝統的な木造式、上に高く伸びている天井に、狭苦しく敷き詰められた椅子。三十人ほどの人達が、奥から詰めて椅子に座った。
 The New Year Day in the afternoon was a sunny day with clear blue sky. It was long time ago when I visited the local shrine last time. Even though the place is usually empty, it was packed with people coming for worship. The first thing we did there was to apply for a ritual for purification. We were taken to a waiting room with authentic Japanese style tatami room. After waiting there for 20 minutes by eating japanese sweets and drinking green tea, we were put in a line for preparation. The participants put on while gown with no-sleeve and walked in line to a hall of worship in a main wooden building with a high ceiling and many chairs on a narrow floor. About thirty people sat on a chair.
 斉主が一段上の式段に現れる。我々は立ち上がって一礼し、再度イスに座り、頭を下げた。一呼吸おいて、斉主が一人ひとりの名前、住所、災厄を順番に読み上げる。低音に響く声が、水の流れのように流れていく。三十分程で読み終えると、今度は横から現れた巫女さんが金色に施された大麻を振って、踊り始めた。サッサ、サッサと左右に足を滑らせては、大麻を振り回している。みんな普通のこととしてそれを眺めていた。それが終わったあと、濃い緑の葉のついた枝木を手渡された。これを神殿の前に供えるらしい。ひとつ式段を上がり、それを適当に空いた場所へと置いた。
 Then, a priest appeared on a stage in front of altar. We stood up for a bow and sat on chair again, keeping our head down. The priest read aloud indivitual’s names, address and type of troubles or misfortune. His low voice sounded clearly like river water flowed. It lasted about thirity minites. After this, a female attendant began to dance on the stage with a stick in her hands shaking here and there, trying to purify the participants. Then, they handed us a twig that we should put on the altar for an offering, which I put it on the edge of the altar.
 外に出ると、透明感のある空、そして冷たい風が吹いている。人々はお守りを買うために小屋の前に列をなしている。その群れに連なって神社の本殿の前まで進み、お賽銭を投げる。手を合わせて、思いついたもの頭に浮かんだことを右から左へ祈念する。目を開いて隣を見ると、母親はまだ祈り続けていた。何十年、いつもと変わらない風景である。もう少し長く祈っておけばよかったかなと思った。お祈りなど要らないと信じていたあの頃の若さだけが、どこかへ消えつつある。
 I got outside from the ritual hall and felt a cold breeze in the transparent sky. I saw people lining up in front of a hut to buy lucky charms and talismans. I and my parents walked to the front of the shrine and throwed coins into an offertory box, wishing everything that came to my mind with my palms together. I looked at my side and watched my mother still joining her palms with her eyes closed. This was a typical scenery of what I have seen in my life. She is always the one who takes more time for praying than I. Now I found that my youthness gradually disappers as I felt like praying longer and more often.

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ブラタモリとアマデウス

 曜日か日曜日のお昼下がり。天気はそこそこ良い。自宅で論文やら卒論やらを書いていると、ふと、すべてを投げ出してバタンキューをしたくなる。こういうときは、テレビをポカーと見るにかぎる。一階のリビングルームに行き、ソファにドシっと座りこむ。リモコンでHDDスイッチをポチっと押す。スクリーンには、この一週間に録画したテレビ番組の名前がずらーと並んでいる。
 そう、日本に帰国後、よくテレビを見る。最近、お気に入りの番組の一つが、NHKの木曜日10時からの「ブラタモリ」。お笑いタレントのタモリが、久保田アナウンサーと一緒に都内のある場所を歩き回るというものである。江戸時代の古地図を広げながら、現代の町の風景を、大きな歴史のなかから照らし出す。大火事、大震災、大空襲、そして高度経済成長によって過去と切り離されてきた東京。このブラタモリはそんな現在と過去の繋がりを回復しようとしている。そんなことも考えさせる。
 最初に見たロケ地が、東京の「三田・麻布編」であった。慶應大学のすぐ裏にある、イタリア大使館。そこは昔、江戸情緒溢れる大名庭園だった。そこから麻布十番へと坂を降りていく。ゴミゴミとした細い路地を通り抜ける。そしてまた坂を駆け上がる。そして、麻布の伝説のガマ池へ―。ささやかな感動は、最後の最後で、ガマ池をマンションの中庭で見つけたときに訪れる。こんなところにひっそりと生き延びていたとは!!
 「日本橋編」もまさかの発見にあふれていた。強固な岩々によって編みあげられた日本橋。ここはすべての地方へ通じる出発点だった。もともとは運河が広がり、魚市場がにぎわう、日本の中心地だった。皇居まで張り巡らされた運河は、当時の効率的な交通網だった。しかし魚市場は、関東大震災で破壊されたあと、築地へと移転してしまった。三越も三井の建物も、震災で無へと帰した。それでも、日本橋だけは存在している。歴史を断絶させることなく、関東大震災にも東京大空襲の焼夷弾にも耐えて生き延びてきたのである。
 もう一つお気に入りの番組が「NHK名曲探偵・アマデウス」。
 毎回、天出臼夫というふざけた探偵が、あるクラシック音楽の魅力や秘密を暴いていくというもの。これはなかなか魅力的な番組である。そもそも、僕のような音楽に疎い人間の場合は、クラシック音楽とか現代音楽とかいっても、それなりにポイントや特徴を説明してもらわないと、楽しめない。平易な言葉での分かりやすい説明というのは、音楽を楽しむ上で邪道なやり方だとは思うが、まあそうしないと何にも「聞こえない」のだから仕方ない。作曲家の人間模様にも踏み込んで解説があり、素人に対する配慮が行き届いている。
 とりあえず番組で取り上げられたものを参考に聞いている。僕のお気に入りは、ショスタコーヴィッチの交響曲第7番のレニングラード。とくに最後の第四楽章の「ララララララララー」というところが、痺れる。この個所は番組によると、この個所はソヴィエト共産主義に対する反発の意が込められているらしい。「私は認めない」と。天才過ぎる。
 もうひとつよく聞くのがヴィヴァルディ―の四季。特にこの「冬パート」がすっごく好き。凍えるような吹雪が自分の後ろに迫り来る、張り詰めた感覚。その後に来るつかの間の冬の木漏れ日のひととき。また厳しい冬の到来。そして春の兆し。この音楽を聴くと、スウェーデンの暗く冷たい冬を思い出す。吹雪のなかで大学から家に帰る間のあのなんとも凍える感じ。いろいろなバージョンを聴いたが、NHK交響楽団のそれが怯えを感じさせる点で好きである。

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マンガから政治への拡大?

 日、スウェーデン大使館で、「マンガから政治問題への拡大・スウェーデンでの日本のイメージ」というテーマで講演会があった。スウェーデンにおける日本イメージについては興味があった。自分でもそれなりに調べていたこともあり、参加した。ゲストスピーカーは、ストックホルムの国際問題研究所で、日本の政治・外交について研究をしているリヌス・ハーグストルム氏。彼は、ストックホルム大学・日本学科の修士号を獲得した第一号。しかも、私がストックホルムで出会ったマンガ翻訳家のシモンさんの同期生だったことが後でわかった。
 The other day, at the Emabssy of Sweden, there was a lecture event whose topic name was “From Manga to Politics–the image of Japan in Sweden”. I joined the event since I was in interested in how Swedish people see Japan. The guest speaker was Mr Rinus Hagstrom, a resercher at the Swedish Institute of International Affairs, specializing in the field of Japanese politics and foreign policy.He was the first to have received the Masters degree of Japanese Studie at the University of Stockholm in 1990s. Later, I found that at the university he studied in the same class with Mr Simon, a well-known Swedish translator of Manga.
「マンガから政治へ」という表題だったので、「なるほど、ポップカルチャーだけでなく、ついに政治や経済まで関心が広がっていたのか」というポジティブな報告を期待していたのだが、実はそうではないらしい。それほどウキウキでポジティブな状況ではなかった。
 I expected that I could hear some of positive stories about Swedish people’s interests of Japan expanding from pop-cultures to politics, economics and international relations in Asia. However, this was not the case and the Japanese presence in world or at least in Sweden was dramatically decreasing.
 スウェーデンにおける日本の文化全般に対する関心はうなぎ登りに増えている。これは数字の上でも実感としても確かなことだ。彼自身、合気道をやっていることもあり、日本の武道クラブ(柔道、剣道、合気道、居合い道、空手)に所属する人の人数も増えているとのこと(統計は失念)。また、なんといってもポップカルチャーの若年層に対する影響力が大きい。いわゆる「ジャパンイベント」なるものは、いまや世界各国の至るところで行われている。
 Of course, Japanese cultures has been receiving increasing attension in Sweden. It can be confirmed by looking at statistic. Mr Rinus himself practices Aikidou, a marshal arts, and pointed out the increasing number of people who began to learn marshal, including from Zyudou, Kendou, Aikidou, Karate to Iaidou. Needless to say, Japanese pop-cultures attracted increasing number of younger generation. What is so-called “Japan event” is being taken place all over the world.
 ただしビジネスやアカデミズムの分野では、日本の存在感は下がっている。1990年代のバブル崩壊後の経済不況、そして東アジアにおける中国の影響力増大。メディアの目は、日本から遠ざかり、中国へ向かっている。スウェーデンでも、ほかの国でも日本をめぐる状況は同じようなものだろう。
 However, Japan has been declining in its presence in the field of bussines as well as academia. Due to a continuing economic stagnation since 1990s and the rising influence of China in east Asia, much more attentions are paid to China than Japan. This trend is not only appied in Sweden but also in the world.
 プレゼンテーションのなかで、統計を示した。スウェーデンのアカデミズムにおける、日本をメインに研究している研究者の数である(括弧内は博士課程)。文化人類学2人(0)、地理学1人(1)、政治学2人(1)、日本学4人(2)、歴史学1人(0)、社会学1人(0)、教育学1人(0)、経済学0人(0)―。
 In his presentation, he showed the followign number indicating the reserchers in Sweden who mainly study Japan(the latter refers to PhDs). Anthropologist, 2, (0), Geography 1, (1), Political Science 2, (1), Japanology, 4,(2), History 1, (0), Sociology, 1,(2), Education, 1,(0), Economics, 0,(0).
 他国のデータがないため、これが何を示しているかを断言することは難しいのであるが、やはり少ないという印象を受けた。経済学の研究者は0人である。中国に関しては、少なくとも10人を超えているというから、ちょっとバランスを欠き過ぎという気がする。政治学についても同じ。北朝鮮の問題となると、日本の外交研究者であるはずの彼が第一人者としてメディアにコメントをするらしい。(このように韓国研究者の層が少ないことを考えると、結局中国にばかり視線が集中しているということなのだろう)。
 Although it is difficult to draw a conclusion of what these numbers imply since there are no corresponding data of other countries, I got a impression that they should have more reaserchers. Considering the fact that at least more than ten reserchers specialize in China, Japan is far too behind. Also, I heard that whne it comes to issuea related with North Korea, he was the one who comments in Media, despite he was the expert in Japan. This means that Swedish reserchers are balancelessly concerned with China.
 なぜアカデミズムにおいて日本への関心が低下しているのか。その大きな原因のひとつは、いうまでもなく日本の経済力の衰退(そして、中国の現状への復帰)だろう。日本の経済が好調であれば、博士課程で研究を突き詰めたあとでも、日本での食い扶持が確保できると楽観的に考えることができるからだ。その見通しがないとやはりみんな途中でやめてしまう。とくに産学の結びつきが強いスウェーデンでは、哲学や文学などの人文系の科目を修了しても、仕事が見つかりづらいから、途中で諦めてしまう。
 It is obvious that the economic situation has most to do with the declining attraction of Japan in terms of academia. Especially in Sweden where an university has a strong tie with companies, it might be discouraging to study a subject which does not have connection with his or her future job.
 その他に考えられる理由としては、日本側の構造的な問題。たとえば、日本の大学では英悟での授業が受けられる環境が欠けているという点である。海外の友人のなかには日本に留学した後も続けて勉強したいという学生もいる。でも、日本語での読み書きの体得は難しい、そして英語での指導を受けられるところは少ない、ほとんどの論文も日本語で書かれているし、ウェブでのデータベース化も進んでいない。いまひとつ魅力に欠けるうえに、敷居も高いのである。実際、スウェーデン人の友人の一人はは、アジアの国際関係に関心を持っていたのだが、日本の大学院には英語で学ぶ場所がないので、韓国に留学してしまった。
 Other possible reason for decreasing academic interests in Japan has to do with social structure of Japan. For example, Japanese unviersity lacks environments for foreigners to be able to study in English. One of my Swedish friends who major in the political science chose to study in Korea instead of Japan.
 まあ、これから色々と変わっていくだろう、と楽観的に考えている。
 
 I personally is a bit optimistic that Japan might be able to adopt the change in the future, without a frim evidence though.

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お知らせ、スウェーデン環境セミナー

 知らせです。来週の11月30日(月)にスウェーデンの環境に関するセミナーがスウェーデン大使館(@六本木一丁目)であります。スウェーデン持続可能な協会のレーナさん、またリンクにも張ってあるスウェーデンのヨーテボリ大学のYOSHIさん、そして日本在住のスウェーデン人のマーティンさんによる、ミニ講演会となっています。
 Note: On November 30th at the Embassy of Sweden at Roppongi, there will be an seinar event regarding the environmental issues from Swedish point of view. This event is organized by Sustainable Sweden Association. Lena-san, the president of the organization, Yoshi-san, resercher at Goteborg university and Martin-san, a Swedish supecializing in food issue, will have lectures.
 スウェーデン留学中にレーナさんとYOSHIさんにはお世話になったこともあり、今回、私もお手伝いさせてもらえることになりました。環境といっても、「漁業」と「食」がメインです。特にYOSHIさんはスウェーデンの政治・経済にも精通しているのででそれに関連した話も聞けて面白いと思います。スウェーデンに興味のある方、環境に興味のある方、お時間ある方、是非ぜひご参加ください。下のリンクから詳細を見ることができます。
 As I owed great obligation to them for helping me in every way during my study as an exchange student in Sweden, this time I received the opportunity to help them organize this seminar event. The main focus of the event will be on “fishing industry” and “food”. Since Yoshi-san is quite familiar with the current situation of Swedish Politics and Economics, it would be interesting to hear him speak about the environmental issues. Please participate in this event. You can check the detailed information through the link below.
             

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自分の現在と今後について

 の空気がひんやりから切るような寒さに変わってきましたね。朝ベッドから起きるのがつらくなってきました。秋も終盤、先の日曜日、日吉キャンパスを訪れましたが、あのイチョウ並木も半分くらい黄色く色づいていました。春のさくらが散りゆくさまよりも、地面を埋め尽くす秋の木の葉を見る方がはかない。美しさを支えるものが「はかなさ」であるとすれば、夏に向かって緑に色づき始める春よりも、風景から色が死んでいく秋のほうが悲哀に溢れています、よね。
 こういうことを思うと、どうして欧米では秋に新学期を持ってきたのか、不思議ですね。やる気起きないんじゃないって思いますけど。
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 何となく近況報告をさせていただきます。今はとりあえずスウェーデンの大学院への進学を考えています。いろいろ考えましたが、人間一般の寿命が延びていることもあり、自分の今後の人生も長いでしょうし、あるいは逆にすぐに死ぬかもしれないので、自分がいま興味のあることをやることにしました。研究者という道はあまり考えていないので、その二年間の学業を終えたあとは日本に戻ってきて今後を模索するか、海外で職を見つける予定です。
 スウェーデンの大学院に応募する理由は、ひとつには大学教育、生活の環境が良かったことです。それなりに友達や知り合いもいるし、質素でシンプルで行動範囲も広くないので、リラックスしながら勉学に集中できると思います。
 二つには、上と被るかもしれませんが、アイデンティティーの問題もあります。これまでと違うところに行ったほうが異なる経験ができて刺激にはなる。これは絶対その通りでしょうが、私の場合は興味が拡散し過ぎる傾向があるので、むしろある一定のものに集中させた方が良い気がしています。
 三つ目は、金銭面です。スウェーデンの大学院はまだ無料です。ただここ最近、海外からの入学者(特に中国人)が増えすぎたため、政府は学費に関するルールを変えました。EUに加盟していない国の学生に対して学費を請求するらしいです(いつから実施するかはまだ決まっていないらしいです)。とにかく来年はまだ無料なので、応募するにはちょうど良い。
 スウェーデンの大学院の選考プロセスはとってもシンプル。自分の経歴も学習計画もエッセイも、推薦状も必要なし。面接もなし。大学の成績証や英語のスコア、そして学部時代の卒論を提出して後は結果を待ちます。今はだから、卒論を必死でまとめています。相変わらず論文づくりは苦手みたいで、自分でもひどい出来だと感心しています。このペーパーで本当に選考が通るのかすごく不安ではあります。一応、スウェーデンの大学院と並行して、慶応の院も受ける予定です。とりあえず早く卒論を書き終えたいと思います。

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秋の日が過ぎていく

 がつけば、もう一ヶ月くらいブログを書いていなかった。意外と見てくれている人もいるのに、ごめんなさい。学生の身分なので、特段忙しいというわけではないけれど、一週間の予定が習慣付けられていないからか、自分のまとまった時間が取れていない。何となく余裕もない気がする。スケジュールをちゃんと決めてそれに沿って進んでいかないと、あり余っているはずの時間が、自分を置き去りにしてあっという間に過ぎていってしまう。秋の日は過ぎていってしまう。
Come to think of it, I have not written for about one month. Sorry for the people who are kind enough to come to read this blog. Although I have not been that busy these days as I am an university student, it seems that I don’t manage to have my own time available, due to my inability to sort out schedules in advance. It also seems that I do not have a peace of mind in my daily life. Probably I must decide my goal and map out the schedule along that path. Otherwise a world of time, which can only exist in my youth, passes by ruthlessly.
 こういうことを感じるのは、やはりスウェーデン帰りだからであろうか。これに関して一つ発見をした。自分でもちょっとウンザリするのだが、自分の思い通りにならないことをいつの間にやら日本の社会環境のせいにしてしまうことである。友人と話している時、現在の持ちネタの9割くらいがスウェーデンやフィンランドに関することなので、話題が愚痴っぽくなる。日本に対する注文及び失望になっていることが多いのである。一番の失望は、東京ってなんと学問のしにくい場所なのだろうか、ということである。
 Why do I feel this uneasiness? Is this bacause I just came back from Sweden? It may be or may not. However it is true that I unconciously tended to attribute anything bad to the social environment in Japan and complain about it. One of the examples is my strong belief that Tokyo is not suitable place to study.
 都心のオフィス街の只中にポツンとおかれた三田キャンパス。帰ってきてびっくり、去年まであったはずの第3校舎が無くなっていた。正門から入ってきたときに聳えるように立っていた校舎の場所には、工事中を示す白い壁があるだけ。大学内の中庭からは、それまで見えなかった「外」が丸見えである。大学は世俗から少し離れたところにあるべきであるというのは私の昔からの信条であり、ヨーロッパにいってからその思いを強くしたのだが、現在の三田キャンパスには、最後の砦であったバッファーまでもが取り除かれてしまった。まことに由々しき事態である。三田祭の魅力も半減するだろうに。
 Keio university has its one of campus in Mita, a business area in midst of Tokyo. When I first came back to Mita since last year I was surprised to see that the building, which used to exist in front of the main gate, was gone. There is no building but the while wall surronding the area and construction is underway. Seen from the garden inside the campus, we can see the seneary which we could not before. I have this principle that an university should have its autonomy in a way that can be protected from the rest of the world so that students can concentrate on studying without being distracted by other issues.
 まあ、三田キャンパスのことはいい。それよりも、東京はやはり面白過ぎる。娯楽という娯楽が溢れすぎている。人口も多すぎる。友達もたくさんいる。飲み会をするためにバイトをしないといけない。これでは学問はできない。スウェーデンでは、相対的にそんなにすることがない。お金を使わない。バイトをしない。だからみんなそれなりに集中して勉強している。もちろんこんな簡単なことではないのはわかっているけど、暇で退屈だから勉強に専念できるみたいなことはあると思う。むしろ人類が哲学をしてきたのは暇だったからではないか。
 Anyway, Tokyo, a super urbanized city, is SO fun, with full of many leisures and events. TOO many population and TOO many friends in Tokyo. This is one of the reasons university don’t serve as a place for educating Japanese students. University in general should be placed in rural area.
 そろそろ日本の生活モードに戻ってこないといけない。でもなかなかこれが戻らない。忙しさにただ乗りして進むことは簡単なことだが、そうやってスルスルとすり抜けていく時間を自分の手のひらの上でコントロールすることは本当に難しい。本当に難しいが、言い訳をしても何もいいことはない。できるだけ早く次のゴールを決めて、新しいスケジュール帳を買って次のステップを決めていかねばならない。
 とにかく朝を早く起きるようにしよう。

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ただいま、にっぽん

 本に帰国して早くも一週間半が経過した。帰国後は日本の雰囲気に馴染めなかったり適応できなかったりするかと思っていたのだが、意外にもそんなことはなかった。おそらくスウェーデン留学が終わったあと、フィンランドのプログラムを含めてほとんどの日々を奔走していたからであろう。
 牧歌的なスウェーデンのウプサラからそのまま日本へと戻っていたら、スピード感に溢れる生活についていけたかどうか心もとないが、つねに忙しなく動きまわっていたヨーロッパ旅行から、毎日を電車で長距離を行き来する日本の忙しない生活に戻ったことで、断絶を経験することなく、今まで自分がいたまさにその場所へスッポリとハマった感じがする。
 帰国後は、日本の文学シリーズを片っ端から読み漁ったり、日本に来ている留学生たちに会ったり、いまは社会人となってしまった旧友たちとご飯食べてお酒を交わしたりして過ごしている(意外と忙しいのである。ふふふ)。そして昔の友人たちからは「あんまり変わっていないね」といわれては少しガッカリしたフリをしてやり過ごしているのであるが、今回ばかりはまったく気にならない。自分の内なる成長を自分が一番実感して噛み締めているからである。
 最も見えやすい例をあげるとすれば、外国人とのコミュニケーションであろうか。
 いまの日本の生活ですら、一週間に会って話すうちの半分くらいが外国人になってしまった。びっくりするほどの大きな変化である。実際、去年までの自分では考えられなかった世界観、そして生活世界の変容である。スウェーデンの前までは英語がほとんど使えるレベルに無かったこともあり、外国人と会って話をすることに少なくない苦痛を感じていた。自分から進んで外国人たちと付き合うことは無かったし、むしろ避けてすらいたかもしれない。
 今回、帰国後すぐにしたことは海外からの留学生たちとのコンタクトだった。これからも英語力を継続して伸ばしていくためにも、彼らは最適なコミュニケーションのお相手である(まあそもそも僕の同期の多くは卒業している)。大学の国際センターに「交換留学生のなかで友人を探している人がいたらぜひメールください」というメールを送って留学生たちに転送してもらったところ、すでに10人以上から返信をもらった。今はとりあえず一対一で会って話をして、気の合うような仲間を見つけてはネットワークを広げているところである。
 勤勉な外国人の面々と話すことは面白い。まずもって、外国語の勉強にもなる。英会話(やスウェーデン語)の勉強になると考えれば功利的な視点からもお得である。でも、功利的な理由だけではない。それ以上に、彼らとのコミュニケーション自体が楽しい。
 とくに一部の外国人の多くは日本の文学や映画、歴史についてもよく勉強している。そして彼らは日本のことを隅々まで知りたいと思い、日本に留学している。質問もよくしてくれるしメモもとってくれる。貪欲に真剣に耳を向けてくれる彼らに対して、日本のあれこれについてアドバイスしたり教えたりすることはやはり純粋に楽しい。大げさかもしれないが、自分の存在が何か国を超えて大きな利益に繋がっているという感覚さえ覚える。お互いがお互いに学びの可能性に開けているという関係性は、僕にとってはやはり大きな魅力である。

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さようなら、フィンランド

 から、(ヘルシンキから)日本に帰国します。あんまり実感はないのですが、一年と一ヶ月ぶりの帰国です。日本がどうなっているのか全くわからないから、自分の目にどう見えるのかがとっても楽しみ。日本の生活に適応できるか不安もあるけど、むしろ適応できなくなるくらいのほうが自分が変わったということが実感できていいのかもしれません(まあそもそも日本にいるときも適応できていたかわかりませんし)。帰国にあたって未練は全くありません。こちらでやるべきこと、自分のキャパシティのなかでできることはすべてやってきたつもりですから。
 さようなら、フィンランド。
 

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The Manga Cafe in Finland

 ィンランドで過ごす夜も、今日が最後である。楽しい日々は早く過ぎるものである。最後に、フィンランドで見つけた日本について少し書き残しておこうと思う。スウェーデンの子どもたち(というか世界中の子どもたち)が日本に熱いまなざしを向けていることはすでに書いたとおりであるが、フィンランドも例外ではない。興味のある人のために少しだけ紹介したい。
 This is my last day in Finland. Time flies so fast. I would like to report something related with Japan that I found here in Finland. Although I have already noted how enthusiastic swedish children are about Japan, this is also the case in Finland. Or I should say Finnish children are much more so.
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 ヘルシンキには「マンガ喫茶(「甘いマンガ喫茶)」と名前のついたカフェがある。スウェーデンにはまだないので、ここは北欧で一番乗りである。ヘルシンキ中央駅から東口に出て歩いて2分ほど、ビルとビルの間の奥まったところにひっそりとある。カフェの外には、ジブリの魔女の宅急便や紅の豚、そして崖の上のポニョ(今週からフィンランドで封切)のポスターが飾られている。中を見てみると、手前にテレビボードゲームがある。テーブルが3つ、奥に大きめの本棚が二つ、そして任天堂のウィーが大画面のテレビとともに置いてある。
 There is a Manga Cafe in Helsinki, whose name is “Amai Manga Kissa”. Since Sweden has not had one yet, this is the first Manga Cafe in Scandinavia. About two minutes walk from the center station, you can find this place through narrow entrance between buildings. In front of the entrance, they exhibit the photograph of Ghibli animation movies. Inside cafe are TV game, three tables, two bookshelves on the further side, and Nintendo Wii with big screen.
  
 いわゆる「マンガカフェ」と冠するには少し物足りないが(でも昔の少年ジャンプがたくさんある!)、カフェでは自家製のケーキ、ポッキーやラムネ、色んな種類の緑茶、その他日本の駄菓子が売られていて充実している。カフェのなかは若い子どもたちでいっぱい。みんなポッキー食べたり、ラムネを飲んだり、しゃべったり、マンガを書いたり、あるいは日本語を勉強したりしている。
 In the cafe, they serve any kinds of cakes, pokky, Ramne, green teas, and japanese traditional sweets. Whenenver I visit there, I found many young children, most of them girl. What they did was to drink tea and Ramne, to draw manga and sometimes study Japanese.
 カフェのオーナーに話を聞いてみると、5ヶ月前にオープンしたらしい。オーナーはフィンランド人の女の子で名前はミラさん。なんと僕と同い年(今年で23才)。高校生の頃からアニメやマンガが好きで日本に憧れていた。まだ日本に行ったことはないが、ポップカルチャー好きの集まるカフェを開きたいと思っていたという。彼女によれば、ビジネスは上々。需要は大きく、お客さんが絶えることはない(今後もどんどん大きくなるという)。またカフェでは、それぞれ目的を持ったミーティングも定期的に開かれており、そのなかでは同人誌も作り始めている。ここはマンガカフェというよりも、日本好きのための社交の場になりつつある。
 I asked the owner about this cafe. According to her, this cafe was opened about five month ago. Her name is Milla-san, 23 years old, the same as me. She has been fascinated about Japan, influenced especially by Anime and Manga. Although she has not come to Japan yet, opening this cafe has been her dream. The business is going well so far, attracting many customers. The cafe sometimes hold the meeting for the people who have the same interests, such as drawing manga and publishing comics. It seems to me that this cafe is becoming a social networking place where everybody can meet and exchange ideas.
 ヘルシンキに来るという方はこのマンガカフェ、お薦めしますよ。(ミラさんは日本語はできませんが英語は話せます)。
If you are going to visit Helsinki, I recommend you to have a look at it.( Milla-san, the owner is very kind and can speak English well!)!

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Budapest as an oasis city

 界地図を広げて見てみると、ハンガリーという国がヨーロッパの真ん中にあることがわかる。西ヨーロッパ、フランスやドイツ、オーストリアからハンガリーを経由して、東のルーマニア、そしてトルコへ。また北のポーランドからハンガリーを経て、南の旧ユーゴ諸国へ―。バックパッカー的な旅行者が多いと思ったが、それも頷ける。彼らはここをヨーロッパの中継地点、そして長期の休憩場所としながら、次の行き先を練っているのである。オアシスみたいなところだろうか。

 You might notice that Hungary is located in the center of Europe when you open a world map. Going through western european countries such as France and Germany to Hungary to Eastern countries, Romania and Turkey. Traveling through northern part of Europe, such as Baltic counrtries and Poland to Hungary to southern countries like former Yugoslavia ones. It is understandable that I found that many travellers with backpack in Hungary. They are staying in Hungary as a resting place for their long trip, considering about where to go next. This is the place which seems like oasis.

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 私にとって、ブダペストは単なるオアシス以上の存在であった。

 For me, Budapest was not the mere oasis city for rest.

 北から南へ垂直に落ちていくドナウ川。このか細い川の東側には、国会議事堂、西側には王宮がお互いの美を競い合うかのように向い合い、それらの周りには広々とした開放的な広場が立ち並ぶ。この両岸を架橋するのは、これまた煌びやかな三つの橋だ。夜になると、真ん中のくさり橋がライトアップされて、闇に紛れて光を放つ。決してギラギラしていない。けばけばしくもない。すべての風景を包み込むような、優しい光である。

 Donau river flows north to south. parliament buildingm on the east side of this river and royal palace on the western side are standing face to face as if competing for their beauty. Around these buildings, there are many opened areas. It is these three bridges that connect the river. At night the large bridge gives away its light in the mist of darkness. There is nothing arrogant about this light. This is the light that embraces all the scenary with its gentleness.

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 この幻想を現実たらしめる装置がブダペストには存在する。ほんのりと夢見心地を誘う温泉である。ここはヨーロッパでも有数の温泉地で、町の至るところに温泉施設がある。初日の夜、ドナウ川の西側にあるルゴス温泉というところに入った。伝統的なトルコ風呂で、真ん中に丸い形をした大きな浴槽があり、その周りには四つの小さな丸い浴槽がある。硫黄を始め、何種類かの効能があり、60度近くの熱湯にも浸かれる。水着を着ているため少し違和感があるが、久しぶりのお湯に浸かり、体中の疲れが消えていった。ハンガリー人はみんな友達やカップル同士で来ている。ある種のレジャー施設であり、社交の場である。

 There is a mechanism in Budapest that connects its illusory beauty to reality. It is those hot sprngs that exist around this city. Budapest is one of the most famous place for its hot spring and you can find them here and there around the city. At the first night in Budapest, I went to one of the spas, Logos spa, on the west side of river. They had a traditional Turkey-style bathtubs. At the center were largest bathtub with round shape, and four small tubs around it. Each bathtub has its ownl medical benefit, some of which are as hot as over 60 degree. You might find it a bit weired to have a bath with bathing suit, but most of hungarian people enjoy this spa with friends. This is a part of places for leisure and social contact.

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 ブダペストの町は、よくまとまりながら、よく分散されている。これはプラハとの大きな違いかもしれない。プラハの旧市街には「すべて」がある。この小さな旧市街にすべてを詰め込むことに成功してしまったため、夏のシーズンに観光客が殺到したとき、チェコ人たちは隅っこへと追いやられる。プラハの風景はアイデンティティーを失い、ぼんやりと宙に浮く。ブダペストには各エリアに人の集まる広場(ハブ)のような場所があり、それらがネットワークのように繋がっている。

 Budapest is a city which spreads out around without losing its unity. This is a stark difference to Prague in Czech. Prague has in its center everything that has something to do with its important history. The town was successfully established in such a condensed way that Czech people are forced out in shadow with all tourists flowing in during summer time. Landscapes of Prague lose its identitly and float unstably. In Budapest, there are many hub areas where people can gather and talk with each other, and these places are well integrated as networks of the city.

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 ドナウ川に沿った国会議事堂、ここに沿って広がる緑の広場、王宮の周りに広がる古い町並みと要塞からの眺め、そして北の英雄広場から入っていく市民公園、その公園の中心にあるシーチェニ温泉と旧市庁舎―。すべての場所がそれぞれ主役になれる要素を持っている。それでいて、これらが広がり合って、結びつき、醸成される一体性。これは歩いてみて初めて分かる魅力であろう。ブダペストの空間の一つひとつが地元に根付いており、風景のなかにハンガリーの生活を垣間見ることができる。

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   ブダペストはオアシスで終わるにはもったいない、魅力あふれる町である。

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Prague, a beautifull city

 プラハは、幻想的に美しい街だと聞いていた。私のなかでのプラハのイメージは、きめ細かく敷き詰められている、鮮やかに彩られた赤れんがの建物、その古い歴史や文化、地域に根ざした生活の香りが溢れた街並みであった。しかしながら、私がその場で目にしたものは、プラハがそれまでに背負ってきた歴史や生活から切り離された町だった。プラハは、外国人の溢れるコスモポリタンな町にと変質しつつあった。

 As if an illusion, Prague is a beautiful town, in which buildings are painted with bright red color and the streets filled with a sense of life, which is rooted in the local culture and its long history. I used to cherish these images of Prague. What I saw there by my own eyes, however, was a town which was absent of a sense of local peoples’ life. Prague was transformed into a cosmopolitan city with packed foreigners.

 プラハの中心地は、世界中からの旅行客で溢れていた。町の中心にある広場からチェコ人の友達とカレル橋まで歩いていったとき、彼は次から次へと押し寄せる人々の波を眺めながら、「彼らのなかでチェコ語を話している人たちは一人もいないよ」といった。特に夏の旅行シーズンになると、チェコ人は地方へと帰り、町は外国人のものとなる。

 The center of the town was overflowed with tourists from all around the world. When I walked with my Czech friend from the main square to the main bridge, looking at the waves of people, he told me that “I can’t hear one person speaking Czech here”. Especially in the summer tourist season, Czech people return home, leaving Prague full of tourists.

 プラハという町が発展したのは14世紀のことである。当時のカレル一世は川を挟んだ中心地に重要な建物がコンパクトに敷き められている。たとえば、プラハ城は丘のうえに広大に築かれており、その城のなかには大聖堂から、大統領の宮殿、そしてお抱えの芸術家、兵士の宿舎までもが置かれている。このコンパクトな町は、巨大な遺産である。しかしながら、このように鮮やかに集約化された町であるプラハでは、現在の観光客の流入に対応できていない。私自身、美しいプラハを見るために来たにもかかわらず、その行為自治が美しいものを汚していると知ったとき、大きなショックを受けた。

 Prague was developed around the 14th century. Karel the First started building the city center across river in a condensed way. The Prague castle for example, was built along a hill on such a large scale that inside the town wall it included a Cathedral, a presidential Palace, and residences for artists and soldiers. This small town was a great heritage. However, because of this immense concentration, today Prague has more tourists than they can handle. I felt guilty as one of those tourists to see the fact that my visitation itself helped contribute to deteriorating beautiful scenery of Prague.

 また、これはプラハだけに限った現象ではない。私はクロアチアのドブロブニクでも同様の光景を見た。それまで住んでいた現地の住民が、観光客の流入による物価の上昇により、ほかの地域へと移住を余儀なくされている。観光客が町の中心的な存在となり、地元の民は後景へと退いていく。ここの土地は地元民のホームランドではないのか。

 These are not unique developments in only Prague. I witnessed similar phenomena in other town, Dovrovnik in Croatia. As more tourists came to visit the town, the local people were forced to endure rising prices, and were ultimately force to move to another location. Why isn’t here a homeland for the local people?

 プラハは長い歴史と文化を持つ町であり続けている。しかし、その土地に深く根ざした歴史は、いまやその場で住む人たちの生活と切り離されたまま、ぽつんと取り残されているように思える。チェコ人がプラハの美しいイメージを世界にアピールするにつれて、プラハという香りが徐々に消えていきつつある。よいか悪いかは別にして。

 Although Prague has been a town which has had a long history and culture, it seems to me that the history tied to this land, now stands without having much relation to people living there. As the Czech people successfully shows off the beautiful quality of Prague to the world, the spirit of Prague was gradually vanishing, for better or worse.

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