EU離脱後に英国が迫られる選択②:ノルウェーになるか、カナダになるか?

 前回記事では、EUとの経済貿易関係を踏まえて、英国の産業貿易の特徴についてまとめた。今回は、英国がEUを離脱した場合に代替案として考えられる、ノルウェー、トルコ、カナダとの特別な貿易関係について取りまとめてみる。なお、この三つの代替モデルについては英国財務省が発表した経済影響分析の報告書の内容に基づいているが、個人的な補足と分析も加えている。

EU単一市場へのアクセスとそれに伴う義務

 
 英国民の大半は、EUの加盟国としての義務や規制の履行は減らしたいが、物品とサービスを自由にやり取りできるEU単一市場へのアクセスについてはできるだけ確保したいと考えている。しかし、EU単一市場にアクセスするためには、公平な競争環境を維持するための様々なルールや義務を遵守することが不可欠であり、英国民の要求は単一市場の原理に反するものである。

 EU単一市場のアクセスに伴う義務として、EU加盟国は、関税同盟(域内関税率及び税関手続きの廃止や対外関税の統一)、競争政策(公平な競争環境の確保)、EU域内の製品規格や安全環境基準(非関税障壁)、サービス分野の自由化及び規制(非関税障壁)の調和、人の移動の自由の保障の義務を負っている。実は、英国の場合、人の移動の自由の一部、EU予算への貢献などの義務において一定の特例や譲歩を勝ち得ている。しかし、それでもEU規制が過剰であるとして反発する人がたくさんいる。

 一方で、非EU加盟国のノルウェー、トルコ、カナダは、EU単一市場へのアクセスを求めてそれぞれEUと経済貿易関係を結んでいるが、それぞれ異なるアクセスの度合いと義務の契約関係を持っている。下記は、こうした関係を表で表したものである。

 図:EUの単一市場へのアクセスとそれに伴う義務事項Screenshot 2016-04-24 18.03.55

 

ノルウェーモデル

 
 ノルウェーは1992年、EU単一市場にアクセスするため、スイスを除くEFTA加盟国とEU加盟国で構成される「欧州経済領域(EEA)」に加盟した。しかし、1994年のEU加盟を巡る国民投票で反対票が52%の僅差で上回り、本丸のEU加盟を見送ることとなった。

 ノルウェーはEUに加盟していない国として最もEU加盟国に近い国と呼ばれているが、EU単一市場へのアクセスという点で、EEAとEUは具体的に何が違うのだろうか?  端的に言えば、EEAは、①EUの共通農業・漁業政策を採択する義務がない点と、②関税同盟から除外されている点に特徴がある。

 ノルウェーは、農業・漁業政策の自立性を維持しており、関税自主権も有している(実際にノルウェーはEU産の農産物に高い関税をかけており、EUはノルウェー産の農水産物に関税を課している)。また、関税同盟でないため、両者の物品の輸出入には税関の事務手続きが必要になり、ノルウェー原産(またはEU原産)であることを証明するための原産地証明書(origin proof)の提出が求められることとなる。原産地証明書は、第三国から完成品をノルウェーに輸入して、より安い関税でEU加盟国に輸出することを防ぐために、ノルウェー原産であることを証明するものである。

 一方で、ノルウェーはEU加盟国でないが、それとほぼ同等の義務の遵守が求められている。第一に、製品の規格や審査ルールに加えて、競争政策(独禁法や補助金規制)も調和させる義務がある。第二に、サービス分野の自由化及び規制ルールを調和させ、人の移動の自由を確保する必要がある。第三に、EEAの加盟国として、EU予算への貢献を求められ、他加盟国とほぼ遜色ない水準の上納金を支払っている(GDP1%弱)。

 特に大きな代償は、EU単一市場の関連法令に関する意思決定に全く関与できないことである。ノルウェーは加盟国ではないので、加盟国で構成される閣僚理事会(上院)に参加できず、欧州市民の直接選挙によって選ばれる欧州議会(下院)にも議員を送り込むことができない。EUで決められた法令やガイドラインがノルウェー政府にファックスで通知されるだけである。ノルウェー政府はその決定に不服があったとしても、意思決定に関与する余地はなく、単一市場に留まるためには甘んじて受け入れなければならない。

 上記のノルウェーの事情を踏まえれば、いくらノルウェーモデルが農業・漁業分野以外の単一市場へのアクセスを確保しているからといって、英国が意思決定に関与せずに結果だけを受け入れるかといえば極めて難しいだろう。世界の大英帝国からすれば、EUの属国になるようなものである。

(なお、スイスはEEAには属していないが、EUとは100件を超える個別分野ごとの協定を結んでおり、EU単一市場へのアクセスという点では一部のサービス分野を除いてノルウェーとほぼ同じ内容のアクセスと義務が課されている(詳細)。ただ、スイス国民が2014年2月の国民投票により、EU市民を含めて移民の数を制限することを支持したことから(賛成50.3%と反対49.67%)、EU側は人の移動の自由の義務に違反するものとして猛反発して、高等教育等の交換留学プログラム(ERASMUS+)やEU研究開発プログラム(HORIZON2020)の打ち切りを発表した。今後、スイスとEUは、今年6月の英国の国民投票が終わってから正式な協議を行うとしているが、英国に例外を認めればスイスを始めとする他国にも例外を認めることになりかねないため、すでに示している通り、EU側は極めて強固な姿勢をとるものとみられる。)

 

トルコモデル

 
 トルコは1996年からEUと関税同盟を結んでいる。

 関税同盟とは、同盟内における関税の統一、税関手続きの簡素化とともに、同盟外の国々との対外関税の統一を図るという内容である。EUとトルコは一つの関税共同体として物品の貿易は自由に行えるようになっている。例えば、非EU加盟国が自動車部品をEUとトルコに輸出する場合、いずれも関税率は10%である。

 関税同盟では、物品貿易に係る規格や安全基準などの規制は一定程度調和されており、非関税障壁も少なくなっている。また、競争政策の調和についても一定程度進んでいる。しかし、人の移動の自由の義務はない(そもそもEU側はトルコ人の渡航ビザに制限をかけている)。

 一方、関税同盟は、農水産分野を対象としておらず、EUとトルコ間の農産関連物品の輸出入については二国間で定められた関税率が適用されている(これはノルウェーと同様である)。また、サービス分野の自由化を含んでおらず、手付かずとなっている。

 関税同盟を結ぶことの代償は、EUが第三国と自由貿易協定(FTA)を締結した場合、トルコも後追いをして当該国とのFTAを結ぶ必要がある点である。関税同盟として関税率を統一している以上、トルコにはどの国とどんな関税取り決めを定めるかについては選択肢が与えられていない。トルコが米国や日本とのFTAを独自で結びたいと考えていたとしても、EUによる貿易政策の意向が優先されるため、その内容について口出しすることができないのである。

 英国は、EUのFTA戦略の欠如と交渉のスピードの遅延を批判してきたことから、FTAの内容に口出しできずに結果だけ通知されるような仕組みを受け入れるとはとても思えない。また、英国が得意とするサービスの自由化が含まれていないため、トルコモデルも代替案にはなりえない。

 

カナダモデル

 
 カナダは2016年2月、EUはとのFTAに合意しており、署名・批准プロセスを進めている。本協定は、ノルウェー(EEA)やスイスなどとの貿易協定を除けば、EUが過去合意してきたFTAの中で最も野心的で包括的なものとされている。

 物品貿易に関しては、全体として7年以内にカナダの関税品目の98.6%、EUの関税の98.7%を撤廃するとしている。工業製品に関しては7年以内に工業製品の全ての関税を撤廃する一方で、農産品についてはカナダは農産品全体の91.7%、EUは93.8%を撤廃する予定だが、センシティブ品目については一定数量までを関税ゼロとし、それを超過する分には一定の関税を維持することとしている(詳しい品目別の関税率についてはこちらを参照)。関税品目の自由化率だけでみれば、EUトルコの自由化率よりも高い水準のものになる。

 カナダモデルは、競争政策の調和はなされず、人の移動の自由の義務がなく、EU予算への貢献もないことから、EUからの義務要求を最小限としたい英国人にとっては良いモデルかもしれない。ただ、市場統合・貿易推進という観点からすれば、技術規格や安全基準、サービス自由化とその規制の調和は十分ではない。特に金融サービスのアクセスが部分的にしか確保されていない点は英国にとっては受け入れがたいだろう。逆に、金融を始めとするサービスのアクセスがより包括的に盛り込まれるのであれば、英国として受け入れ余地があるかもしれない。

 

WTOモデル

 
 WTOモデルは、物品貿易に係るルール(GATT)及びサービス貿易に係るルール(GATS)に基づく加盟国間の貿易関係であり、物品の関税率もサービスの自由化も基本的なレベルで確保されるものである(例えば、EUと日本、米国、中国のような関係である)。

 英国がEU離脱する場合、2年以内にEUと新たな貿易関係を再交渉を通じて合意する必要があるが、英国側がノルウェー、トルコ、カナダのいずれのモデルも受け入れられないとすれば、再交渉が頓挫する可能性がある(そもそもEUは英国との交渉は終わったと主張しており再交渉が実施されるのかすら不透明である)。

 もし再交渉が頓挫すれば、EUは英国に対して WTOルールを適用することとなり、英国はEU単一市場へのアクセスを全面的に失うことになる。このような最悪の事態を招来することは考え難いが、最悪のシナリオが現実にありえないと言い切れないところが怖いところである。

 (次回に続く)

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: EU, EU TRADE, 英国離脱 タグ: パーマリンク

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