「動物を食べるということ」

 ョナサン•サフラン•フォーエ(Jonathan Safran Foer)の「動物を食べるということ(Eating Animal)」という本を読んだ。2009年に出版された本で、著者はユダヤ系の米国人作家。動物を殺して食べることの背景に潜む問題について分析している。米国の畜産業に関する最新の動向と綿密な取材に基づいており、「統計本」としても有益な本といえよう。

 彼はこの本を書き進める過程で「ベジタリアン」になることを決めたが、なぜなのだろうか?

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 彼が一貫して批判的な目を向けているのは、米国(及び世界各国)で広がる工場式畜産場(factory-farm)である。米国における畜産のほとんどが工場方式によって賄われているー例えば、鶏肉は99.9%、豚肉は95%、牛肉(cattle)は78%に上るー。工場式畜産は、昔の家族農業と対局を示す概念であり、家畜を「ベルトコンベアーの部品」と同じように扱い、狭い空間に押し込め、最小のコストで「商品」を作り上げるプロセスのことである。

 例えば、ブロイラーは、A4の紙の上に1羽のペースで狭い空間に押し込まれ、丸々1週間の間、エサを食べ続けさせられる。その結果、たったの約40日で大人のサイズに成長する。その後、屠殺場へと運ばれる4分の3の鶏は、自らの身体(脂肪)の成長に骨の発達が追いつかず、歩くこともできない。このような様子はYoutubeにもたくさんアップされている。例えば「Meet your meat」(誇張あり?)

 また、米国では、ブロイラーの多くがE. Coliという大腸菌に感染していること、他にも70%から90%が病原菌を持っていることが紹介されている。また、毎年2400万種類におよぶ抗生物質が家畜に投与されており、そのうち1350万種類はEU内で使用が禁止されているものだという(P140)。

 さらに深刻な問題は、工場畜産の及ぼす環境への悪影響である。

 家畜から出てくる大量の糞尿が最悪の汚染源である。一般的な家畜工場から放出される糞尿は、鶏で660万パウンド、豚で720万パウンド、牛で3億4400万パウンド。米国の畜産工場から吐き出される糞尿の総量は、世界の総人口から排出される量の130倍にもおよぶと推計されている。きちんと処理されない糞尿の山は、地域の土壌、川や湖、海の環境を破壊しているが、こうした費用はすべて外部化され、次世代のツケにされている。

 本書は、米国の連邦レベルでこれを取り締まる規制が存在しない上、大企業が政府に対してロビーイングで働きかけることで、そうした規制を作らせないようにしていると指摘している。米国の最も大きな養豚企業の一つであるスミスフィールド(Smith Field)は、1997年に7000を超える河川において深刻な汚染を引き起こしているとして訴訟を起こされ、敗訴が確定した。だが、賠償金は1260万(約11億円)ドルで、2001年に同社のCEOが受け取った株式配当と同じ額だった(P179)。

 また、こうした畜産業から排出される温室効果ガスの量は、自動車や飛行機の運輸部門を上回っているが、米国は気候変動の京都議定書の枠組みから既に撤退している。つまり、米国の巨大な畜産企業は、こうした環境破壊のコストを払うことなしに、むしろそれを外部化することによって利益を最大化させているのである。

 筆者のジョナサンは、問題の解決策として、動物の福祉に配慮しつつ、かつ環境負荷の少ない小規模の畜産方式に希望を見出そうとする。本書で紹介されているPaul Willisという養豚農家と、Bill Nimanという牛の畜産農家は、そうした数少ない希望の光である。だが、皮肉にも、彼が取材を終えて本を執筆する間に、Bill Nimanは社長の座から追い出されてしまった。このままでは利益が上げられないと懸念した他の役員たちが、彼をクビにしたのである。米国の小規模畜産農家は、(環境負荷を外部化した)自由競争という厳しい現実の前に、次々となくなりつつある。

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 日本の農業の生産性は低く、価格が高いといわれる。たしかに日本の農業政策は農協保護を始めとして様々な問題があり、改善するべき点もたくさんある。だが、米国のように市場原理に委ねれば良いという問題でもない。米国の農業が国際競争力を持っている背景には、多大な補助金をつぎ込むとともに、環境コストを外部化している事情もある。日本はまだ米国ほど大企業による支配が進んでいるわけではないし、動物の福祉や環境に配慮した管理体制を取っているところは多い。

 小中規模の畜産農家を育てて消費者が(値段は高くても)買い支える仕組みを構築することが理想的だろう。価格や味だけでなく、安全、動物の福祉、環境保護を大事にする農業を実践すれば、そのことが「付加価値」になりうる。また、ドイツのように畜産農家が糞尿をバイオエネルギーに変え、エネルギー自給を増やし、コスト削減を計る取り組みも広がっている。

 日本でも上記のような「農業の環境的な価値」が当たり前のものになれば、そうした基準を満たしていない生産物は競争力を失うだろう。日本が目指すべきは効率一辺倒ではない、安全や環境、エネルギーなどを含めた一次産業の統合である。そのためには生産者だけでなく、小売り業者が一体となって仕組みを作っていくように協力する必要がある。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
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