プロのジャーナリストとは

 もしあなたがプロのジャーナリストを目指しているならば、新聞研究会や学生新聞などさっさと辞めた方がいい。それよりも、畳の上で本を読んでいた方がずっと効率的だ。」 
 六本木の真ん中にある喫茶店。向き合って座る二人の学生と一人の大人。我々は塾生新聞を差し出し、こう切り出した。「1月は就職特別号です。マスコミ志望の人のために『プロのジャーナリスト』について伺いたいのですが…」。彼はコーヒーを一杯、口に運んだあと、我々にこう問い掛けてきた。「君たちは、将来、ジャーナリストになりたいの?」と。それはテレビで見る彼と変わらない、穏やかな口調だった。「一応、選択肢として考えています」そう返答すると、期せずして、冒頭の言葉が飛び出してきた――。
 (NHKワシントン市局長を経て、現在、外交ジャーナリスト・作家となったT嶋龍一氏。9・11テロの報道を皮切りに一躍有名になった彼だが、最近はインテリジェンスの分野でも著作を連発。北朝鮮の偽ドル札疑惑の裏側を小説として書き上げた『ウルトラダラー』、佐藤勝氏との『インテリジェンス』についての新書―。輝かしい実績を携えた彼へのインタビューは、終始押され気味の展開となった)
 「日本にはプロのジャーナリストが少ない」。そうT島氏は語るが、これはどういうことなのか。
 「考えてみてください。100mを12秒で走る人がオリンピックに出場できますか。90km程度の球しか投げられない投手が、プロとして活躍できますか。当然、無理でしょう。記者もそれと同じ。『記事を正確に機関銃のような速さで書く技術』がなければ、前提としてプロの適正がない。私の経験則で言えば、日本の記者は、それが出来ていない人が多い」。
 ただし、『正確に素早く記述するという作業』は、プロフェッショナルの前提としての素養であり、それが『プロ』たらしめるわけではない。ジャーナリストの仕事の本質を、T嶋氏は『歴史の証人』だと説明する。
 「例えば、エドガー・スノウというジャーナリストが書いた『中国の赤い星』、これは素晴らしい。スノウ記者は、毛沢東率いる共産党が長征を終えた1936年、紅軍の内部に入って行き、それまで知られていなかった彼らの様子を世界に報告した。そうして彼は、今でも貴重な資料の、『歴史の証人』として知られている。そういう偉業を達成するには、先ほど述べたように、素早く正確に記述する能力はもちろんのこと、歴史に対する洞察力が必要でしょう。ここが歴史のターニングポイントだと覚知するには、現在から遡り、過去の背景や歴史を知っていないとできません。そういう意味で、きちんと勉強をして歴史観を養っておく必要がある、ということです」。
 加えて彼は、『世界を揺るがした十日間』、『ローマ帝国衰亡史』、『アジア発特別電報』など続けざまに紹介した。
 では最後に、マスコミへ就職活動をする塾生に向けて次の言葉を頂いた。
 「今まで言ってきたように、『プロ』になることと、『会社』に入ることは全く違う。だから入社試験だけならば、割りと簡単にパスできる。アドバイスとしては、作文の完成版を事前に作っておくことを薦める。信頼できる人に見てもらい、添削を受け、それを暗記する。そして、出題のテーマに合わせて前後3行ほどを変える。実際に、僕が頼まれて変わりに完成原稿を書いたら、その後輩がNHKに受かってしまった。試験なんてそんなものだよ(笑)」。
× × × × × × × × ×
 穏やかな口調は、いつもと同じだが、その内容はかなりトリッキーだった。彼は、日本にはプロのジャーナリストはいない、その育成システム自体が崩れ始めていると指摘していたが、私へのアドバイスとしては、「アメリカとは違って、日本は『社』としての新人の研修や育成をしっかりやってくれるのだから、今、職業訓練のようなものをする必要は全くない」と言った。かなり矛盾していると思うのだが、これはどのように考えればよいのだろうか。
 例えば、私が、「組織とは当然、組織の論理や制約がある。ジャーナリズム組織では、それに対する馴致と順応、そして同時に離脱が大事だと思うが、T島さんはどのようにそれを実践していきましたか」という趣旨の質問をしたところ、彼は次のように答えた。
 「開高健は、『不良には、良い不良と悪い不良がいる』と言った。悪い不良は自分の思い通りに行かないことを世の中のせいにするが、良い不良は他に原因を押し付けず、自分の問題としてそれを解決する。メディアもまったく同じ。組織の束縛や制度のせいで上手くできないというのは、プロフェッショナル云々の次元ではない。組織の制約など無い方がおかしい。本当に優秀な人は、そういうのは当然としてこなした上で、自分で時間を作り、問題の解決を行うものだ。つまらないメディア批判をするくらいなら、まずは自分がどうするかを考えるべきだ」。
 質問の趣旨が上手く伝わらなかったのだが、ある意味でこれは大事なことだろう。人はしばしば、悪い不良少年になりがちだ。特に、ジャーナリズム研究をする人は、構造的に問題を把握する傾向にある。だから、もし自分が調査し批判しているその当の立場になってしまったら、自分の非を、制度の側に求めてしまう可能性が高い。「自分は悪くはない。クラブが悪いのだ」と。
 その意味で、彼が徹底した自己責任を貫徹しているのは、なるほどすごい。自分に邪魔なものや不愉快なものがあるのは、当たり前。それを乗り越えた人がプロフェッショナルである。そして、おそらく、このようなストイシズムは、どの分野のプロフェッショナルであれ、普遍性を持っているだろう。
 この結論を持って、彼がなぜ組織の構造的な問題を論じたがらないのか、その一端が示されただろう。プロフェッショナルの概念とは、組織にではなく、あくまで個人に帰属するものだったのだ。
 

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
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プロのジャーナリストとは への4件のフィードバック

  1. to より:

    『世界を揺るがした十日間』買ってしまったよ!

  2. 植田啓生 より:

    これ、このまま編集部に送っちゃった方がいいかもしれません↓↓
    同じインタビューを聞いたのに、記事の書き方が全然ちがう。。。
    うう・・・自分の筆力の無さに泣けますorz

  3. 植田啓生 より:

    追伸。
    ちなみに先輩の質問の主旨が伝わらなかったのは、質問が尻切れトンボになり、細かい内容まで触れることが出来なかったからです。
    うちらは手嶋さんのインパクトに終始押され気味でしたけど、書き起こし原稿によると、先輩の質問の仕方からは説明不足の印象をうけました。

  4. ぐしけん より:

    >なかとーさん
     ジョンリードですか。相変わらず重苦しいのを読みますねぇ(笑)。僕も少し古典に挑戦してみようかなぁ。(と言って読まないのがオチですが)
    >植田氏
    質問は、今思うとホント酷かったなぁ(笑)。
    テッシーのプレッシャーが強くて、何を言いたかったのか分からなくなっちゃったんだな。ただ。いま思うと、彼も全部総論で答えるスタンスだったから、個別の各論については踏み込めなかったんだよな。…まあ反省してるけどさ。
    記事については、期待しています笑。

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