シェルターライフ

 回は、大学院について書こう。やはり大学院ともなると、それなりに忙しい。交換留学のときよりも断然に自由な時間が制限されている。ここ3週間ほどは週末以外ほぼ朝から晩まで図書館に引きこもっている。家から大学まで10秒で行けるので、本当に缶詰のようなシェルターライフである。ただ、セミナーも学ぶところが多いし、セミナーの学友たちも真摯によく勉強している。
 セミナーの後には、ステファノ教授(ドイツ人)の泊まっているホテルで、ドキュメンタリー鑑賞会がある。一緒に夕食とワインを摘みながら、ゲリラやテロリズムに関するドキュメンタリーを鑑賞し語り合う。スウェーデンの大学(あるいは欧米の大学)では、日本の大学のように教授の存在が身近ではないので、、彼のように学生に時間を割いてくれる教授は極めて珍しい。生活空間はかなり閉じられているが、その分密度の詰まった、充実した生活を送っていると思う。(唯一の、そして重大な懸念がスウェーデン語に時間を費やせていないという点である。頑張らなければ)
 スウェーデンの人文系の授業は本当にシンプルである。私が取っている授業は「国際政治」。9月から10月の二ヶ月間のコースで、一週間に一冊のペースで国際政治の理論ベースの本を読む。そして一週間に二回のセミナーが行われる。学生は、4〜5ページのレビューを教授に提出してセミナーに臨む。
 一週間に一冊というのは、日本の大学院の授業と比べても多いとはいえない。だからといって、多く読めば良いというものでもない。たくさんの授業を履修して、たくさんの課題図書を与えられると、それだけで多くを学んだ気分になるが、やはり大事なことは、自分がどれだけきちんと消化したかということだろう(ただ、きちんと批判的な見方をするためには、他の視点から書かれた本も読み込まなければならない。ここが難しいところでもある)
 課題図書の中には、マイケル•ウォルツァーの「正しい戦争と不正な戦争」が入っていた。すでに日本でも何度か読んだことがあり、彼の主張についてはよく知っていたつもりだったのだが、改めて原著で読み込んで彼の論理を追ってみると、これまで考えたこともなかった視点が見えてきた。例えば、ウォルツァーが「人類が共有できるモラルというものが存在する」という場合、そこには西洋世界が想定されているのではないか、といった具合に。
 一昨日、課題図書のレビューをすべて書き終わったので、月末に向けてファイナルペーパーを書かないといけない。が、まだトピックを決めかねている。使える時間が限られているので、まずは比較的に簡単そうな「国際レジーム」という概念を使って、気候変動の国際レジームがどのように形成されているかに当たろうと考えている。ただ、本当は、アイデンティティーが国家の方向性を規定するというコンストラクティビズムの視点から論文を書きたい!!
 これらがメインの課題図書。ステファノ教授は「パワー」という概念を専門に研究をしているので、コテコテの理論が多い。
 
Seminar 2: Theorising as Political Theory (3 hrs + 2 hrs)
Required reading:
Bull, Hedley (1977) The Anarchical Society: A Study of Order in World Politics, London: Macmillan.
Seminar 3: Theorising as Moral Theory (3 hrs + 2 hrs)
Required reading:
Walzer, Michael (1977 [2000]) Just and Unjust Wars: A Moral Argument with Historical Illustrations, 3rd ed, New York: Basic Books.
Seminar 4: Theorising as Theory Development (3 hrs + 2 hrs)
Required reading:
Hopf, Ted (2002) Social Construction of International Politics: Identities and Foreign Policies, Moscow, 1955 and 1999, Ithaca, NJ: Cornell University Press.
Seminar 5: Theorising as Paradigm-Comparison (3 hrs + 2 hrs)
Required reading:
Hasenclever, Andreas, Peter Mayer, and Volker Rittberger (1997) Theories of International Regimes, Cambridge: Cambridge University Press.
Seminar 6: Theorising as Meta-theorising (3 hrs + 2 hrs)
Required reading:
Wendt, Alexander (1999) Social Theory of International Politics, Cambridge: Cambridge University Press.

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スウェーデン民主党の躍進

 (むむむ、後の集計で議席数がほんの少し変わったので修正しました)

 ウェーデンの総選挙が終わった。結果は、右派ブロック(172議席173議席)が左派ブロック(157議席156議席)を上回ることになったが、右派ブロックは過半数に2議席届かなかった。また、今回の選挙で最も注目されていた、極右党といわれるスウェーデン民主党が20議席を獲得し国会入りを果たした。これにより、両ブロックに対しても影響力を行使できるようになった(スウェーデンでは全体の349議席のうちの4%(約14議席)を満たさなければ、政党は国会に議席を持つことができない)。

 
 ただし、今のところ、右派ブロックも左派ブロックもスウェーデン民主党とは協力するつもりがない。スウェーデン民主党は、ナチスシンパだとか、移民やイスラムを排斥する人種差別主義だとか、デモクラシーを否定する政党だとかいわれ、心理的にすごく毛嫌いされている。選挙前も選挙後も、あらゆる地域で、スウェーデン民主党に対してデモが行われている。

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 先週、スウェーデン民主党の党首であるジミー•オーケルソンがウプサラに演説をしにきた。このときも若者を中心に多くの人たちが集まり、彼が演説を行う中で反対のヤジを飛ばしていた。彼は、過激なことは言わず、「民主主義の原則」(表現の自由)の重要性を説き、スウェーデン民主党の活動を萎縮させるような行動を批判していた(一緒にいた友人談)。

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 ちょうどこの時、若者たちが中心となりフェイスブックを通じて、「ブブゼラコンサート」を企画していた。もちろん、スウェーデン民主党の演説会に対する「嫌がらせ」である。彼らいわく「このコンサートは昔から継続して行われてきた伝統的なコンサートなのであるが、今年はちょうどスウェーデン民主党の演説会の日程と重なってしまった」のだという。フェイスブック上での参加者は600人を超えていたが、実際、ブブゼラを吹いているのは10人くらいだった。

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 地球市民を自認するスウェーデン人にとっては、スウェーデン民主党が国会に議席を得たことは恥ずべきことなのかもしれない。私にとっても非常に残念であった。ヨーロッパの多くの国で極右党が勢力を増していくなかでスウェーデンだけは最後の砦になってほしかったからだ。しかし、現実的に考えると、スウェーデン民主党はスウェーデンの(移民反対を唱える政党がいないという)政治の空白を埋める欠かせない存在である。今後の党の動向にもよるが、彼らがより現実主義的な姿勢を見せるのであれば、スウェーデン民主党の存在は、「常態」として定着していくだろう。

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若者たちのスウェーデン3

 週の火曜日、環境党の青年部のメンバーとともに選挙活動のために再び高校を訪れた。このときは、我々の他に「革命党」「穏健党(保守党)」「中央党」「キリスト教民主党」がブースを出していた。スウェーデンでは、総選挙の日程に合わせて、中学校と高校でも「模擬選挙(skolval)」を取り入れている(後に詳述予定)。いわゆる民主主義教育のためだ。二日後に模擬選挙を控えていることもあり、多くの生徒たちがブースへとやって来た。

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 「革命共産党」。初めて見た。国会に議席はない。ここに来ていた党員たちも革命家っぽいTシャツを着てコスプレしている。何となくゲバラ的でかっこ良いからか、このブースの中で、もっとも多くの学生達を引きつけていた。高校のブースでは、革命党、海賊党、スウェーデン民主党などの過激な党が注目の的になる。支持しているかは別にして。

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 キリスト教民主党。この英語での広告もそうだが、PRセンスのなさが如実に現れていて面白い。YOSHIさんが政党の政策パンフレットをまとめている。「より人間味のあるスウェーデン」。

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 環境党のブース。ここではメンバーが「環境党ミニクイズ」を用意している。これに挑戦すると、自転車サドルに被せる専用のカバーなど、ちょっとした環境グッズが貰えるようになっている。写真上の学生たちも、ミニクイズに挑戦している。
  
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 どういうクイズかというと、選択肢の中から、マルかバツで、環境党の政策を当てるというものだ。例えば、次のように。「君主制(共和制)」(バツ)「石油依存」(バツ)「原子力発電」(バツ)「投票権16歳」(マル)「より短い労働時間(週35時間)」(マル)「クオーター制度(女性枠の確保)」(マル)「動物ポルノ(虐待)」(バツ)。

 私もやってみたが、ユニークな政策を知ることができて単純に面白い。何よりも、このようなクイズを用意することで、相手との対話が可能になるということが素晴らしい。「どうして環境党は君主制に反対なのか、そしてクオーター制度に賛成なのか」と。

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 こういう「対話」の場があることは重要である。「生産的な対話空間」のことを、社会学の専門用語で(すごく単純化すれば)、「公共圏」と呼ぶが、スウェーデンでは、「公共圏」が生まれる要素が比較的に整っているように思う。それらの代表的な要素は、たとえば、上に挙げた学校を始めとする教育機関、市民団体、(マス)メディアなどであろう。

 もちろん、スウェーデンでも、マスメディアに対する批判の声は聞こえてくる。環境党の青年部のメンバーの一人は、「スウェーデンのメディアにおける党首討論やディベートでは、自分の主張の正しさを主張するだけで、相手の主張には全く耳を傾けない。そこから何かを生み出すような生産的な議論が全くない」と、フェイスブックで不満を吐いていた。スウェーデンでも、マスメディアが部分的に「公共圏」の役割を果たせなくなっており、少しずつインターネットにお株を奪われている、ということかもしれない。

 ただし、これは程度の問題でもある。国際比較でみた場合(といってもそれを計る基準はないので私の主観的な国際比較)、スウェーデンのメディアは「公共圏」の役割を果たしているし、学校を始めとした教育機関も、民主主義の維持と発展に大きく貢献している。一方で、日本のメディアや教育機関は、「公共圏」の役割を果たしているといえるだろうか? これはかなり疑問符が付くだろう。これについてはまた改めて詳しく書きたいと思う。

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若者たちのスウェーデン②

 回の投稿でスウェーデンの若者は政治によく目を向けている、と書いた。実際、若者が政治について考えて参加する機会が社会の至る所で埋め込まれている、あるいは制度化されていると感じる。これが端的に現れているのが、若者の政党における活動であろう。各政党には、各々の地域に若者によって構成•運営されている下部のユース組織がある。彼らは、自主的に定期のミーティングや勉強会、イベントの運営などを行っている。これらの若者による活動が、その他の若者たちや大人たちへと波及、政治に対する関心を向上させていると思う。

 4年に1度の選挙戦、めったにない貴重な機会なので、僕も環境党(左派ブロック)と穏健党(右派ブロック)のユース組織に定期的に参加することにした。環境党の人たちは優しい人が多くてすぐに仲間に入れてくれた。穏健党は友人のルートを通じてミーティングに参加することにした。環境党のユース組織はそれほど大きくなく、定期のミーティングには10人前後が集まる。これに対して、穏健党のそれはユース団体のなかでは最も大きく20人以上が集まる。(学生たちの話を総合すると、二番目に大きいのは社会民主党)。

 環境党の青年部には、二人の代弁者(スポークスパーソン)がいる。どちらもウプサラ大学で政治学(ポリティカルサイエンス)を学んでいる学生である。二人とも、8月中旬から9月中旬までの一ヶ月間は環境党から給料をもらい、生活のすべてを環境党の選挙活動に注いでいる。その主な活動は、ポスター、ビラやバッジの作成、街頭での呼びかけ、ビラ配布、イベントの企画と呼びかけ、ツイッターやフェイスブックの更新、高校や大学でのレクチャー、ディベートへなど、多岐に渡る。

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        環境党ユースのミーティング。高校生や中学生もいた。

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 ベジタリアンのタコスで昼食。環境党のユースの9割がベジタリアンだと思う!最近、環境党が貸し切ったクラブのイベントがあったときも、エコビールしかなかった。笑。

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             環境党ユースの街頭でのビラ配り。

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         みんなシャイで配るのがあまり上手くない。俺が一番多く配布していたはず。
 
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                穏健党ユースの部屋。

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 穏健党のユースの代表を努めていた先輩によるレクチャー&勉強会。高校生を含めて、20人以上が来ていた。質疑応答では高校生たちもよく質問をしていた。すげーなと感心。

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 ところで、選挙活動のなかで、若者たちが最も時間を費やしているのが、高校への訪問活動である。スウェーデンでは、18歳で投票権を得る。高校三年生の半数以上が投票可能となることから、彼らへの啓蒙活動が幅広く行われている。ウプサラの中心地だけで20以上の高校があり、これをすべて回るだけでも一苦労である(ちなみにスウェーデンにはプライバシーの意識が希薄なのか、ウプサラの高校に在籍する学生の顔写真が手に入る)。

 ただし、高校への訪問が年々厳しくなっている。というのも、高校に訪問するためには校長先生やこれを管轄する先生の許可が必要になるが、政党や政治団体を受け入れる際の公平性と透明性を維持するのが難しくなっているからだ。スウェーデンでも政治団体の多様化が進んでおり、特に極右党といわれる「スウェーデン民主党(Sverigedemokratena」が勢力を伸ばしているなかで、これらの政党も受け入れるのかが問題になっている。

 他の政党に比べて、環境党は有利なポジションにいる。高校の社会科や環境の先生が「環境分野」の授業の一環として環境党をよく招いてくれるからである。環境党のユース代弁者の一人のアンデルションは、環境の授業を履修する高校生や環境の授業を受け持つ先生たちに対して、自党の環境政策をレクチャーをするという。これに対して、穏健党ユースの代表のリカルドは「9月に入ってようやく高校に入れるようになった」と悔しそうに語っていた。(ちなみにリカルドは21歳で、合気道の手練。少し日本語が話せる。穏健党のウプサラ地区選出の比例リストの最後の方に名前が掲載されている)
 
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                ウプサラのある高校

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 政党ごとにテーブルを出して、生徒たちにビラを配ったり政策の説明をしたりする。左から左派党(すごくヒッピーの匂いがする)、自由党、穏健党(ファッショナブルでイケテル)、そして右の手前が環境党(マイルドなヒッピーみたい)。

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 これは穏健党のユースのテーブル。僕は穏健党のメンバーと一緒に高校に来たのだが、同じ廊下の環境党のテーブルに仲の良い友達がいて、やや気まずい感じになった。

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若者たちのスウェーデン①

 プサラの広場には9月19日の総選挙のために主要政党の小屋が立っている。それぞれの政党がさまざまなイベントを催して有権者にアピールしている。前のブログにも書いたが、毎日がお祭りのような感じである。今日はいつもにも増して、多くの子供や若者でにぎわっていた。4、5人のグループに分かれて、色んな政党の小屋を回って話を聞いていた。ペンとノートを手に持ち、熱心にメモを取っている。

 なんだろうと思ったら、社会科の授業の一環で来ていたのである。小学生から中学生、そして高校生まで幅も広い。「4年に1度の貴重な機会だから、先生が取材してこいって」。ジャーナリズムの授業を履修している高校一年生の男子が言った。どこか支持している政党はあるのかと尋ねると、「今のところは社会民主党だけど、まだこれから話を聞いて決める。ただし、スウェーデン民主党(極右党)は考えていない」という。

 隣の小屋をみると、環境党の候補者の女性が、中学一年生のグループに次のように話しかけていた。「環境党には二人の党首(スポークスパーソン)がいるの」。環境党の小屋には途切れることなく、多くの子供たちが集まっていた。「環境問題」というのは分かりやすいので、とくに若者受けがいいのだろう。環境党の候補者は満足そうな顔をしていた。

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            極右党の小屋。よく落書きされている。

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 これは夜20時、スウェーデンの穏健党(保守党)のユースの団体が開いたイベントの様子。スウェーデンでは明日の9月1日から事前投票が可能になるため、若い学生達(主に高校生)は「穏健党に投票を」と呼びかけている。この日はテントを張って泊まり込み、朝から町を歩いて投票を呼びかけるらしい。

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スウェーデンの王室廃止?

 月24日のニューヨークタイムズにスウェーデンの王室に関する記事が載っていた。記事のタイトルは「スウェーデン王室の存在は時代遅れ」。この記事の示唆するところによると、スウェーデンにおいて王室を廃止するべきという機運が高まっているらしい。「スウェーデン共和主義同盟(Swedish Republican Association)」という「王室廃止」を掲げる組織の本部(というかアパートの一室)がストックホルムの北部にあり、メンバーの数は昨年だけで2500人から7300人になったという。
 この組織の代表をつとめるモナさんは、「王室の存在は民主主義の社会にそぐわない」ということで、かなりご立腹のようである。彼女の友人の一人が熱烈な王室のファンであることについても、「彼女は感情的になっているだけ。ロジカルに考えれば、王室の存在がおかしいことについては賛成してくれるはず」とコメントをのせている。
 記事のなかでは賛成派の意見も紹介してはいるが、記者自身は、王室廃止の側に寄り添っている。私自身、スウェーデン人とよく王室や皇室の話をするが、実際に、スウェーデン人が王室に対する積極的な批判をするのをあまり見たことがない。スウェーデンでは、王室廃止を掲げる人たちは昔からいるし、特にこれといって目新しいわけでもない。この記者は、王室廃止の運動を記事にすることで、王室廃止の機運を高めたかったのではないか、とすら思う。
 なんてことを思っていたら、インターネット版に訂正の記事が出ていた。記事の中では、グスタフ国王の長男のカールフィリップが「遊び人」だと紹介されていたが、それは次女のマデレーンの元恋人(ヨナス)のことだったのだ。これはちょっとひどい間違いである。
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 なぜ私がこんなに記者に批判的なのかというと、何を隠そう、僕自身が「ロイヤルファミリー」の熱烈なファンだからである。スウェーデンから王室をなくしたら、他のヨーロッパの国々と区別のつかない、ありふれた「普通」の国になってしまう。王室の存在と国のアイデンティティーは密接につながっている。スウェーデンの王室がなくなったら、スウェーデンらしさなるものは薄まってしまう。そんなツマラナイの国にならないで欲しいと思っている。もし王室廃止の運動について記事にするならば、きちんと論拠と根拠を示してほしい。
 そもそも、現実主義あるいは功利主義の観点からいえば、王室が果たしているPRの役割は大きいはずだ。特に、ロイヤルファミリーを有している国同士であれば、なおさらのこと。たとえば、今年の6月に長女のヴィクトリアがダニエルと結婚したときは、日本の皇太子様もスウェーデンにいらっしゃっていたこともあり、日本の全国紙において。スウェーデンが割合に大きく報道されていた(たぶん、スウェーデンでも皇太子について報道されていたはず)。
     
 これがスウェーデンのロイヤルファミリー。ー左からマデレーン(次女)。グスタフ(王)。シルビア(王妃)。カールフィリップ(長男)。ヴィクトリア(王女)。
 ちなみに、記事によれば、スウェーデンの王室に対する支持率は春に56%だったが、現在は74%に上がっている。スウェーデンの王室が廃止されることはまずありえないだろう。

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ストックホルムの「猫」カフェ

 回、スウェーデンのカフェについて書いた。実際にストックホルムにお気に入りのカフェがあるので、それの写真を載せたい。このカフェの名前は「ストゥーレの子猫」。どこかジブリに出てきそうな子猫の絵やミニチュアがたくさん置いてある店である。知り合いの阿久根さんから教えてもらってからというもの、ストックホルムに来るたびに立ち寄っている。

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 古びた階段を上ると、二階にケーキのディスプレイがある。その左右の部屋の二つにはテーブルと椅子がちょうど良く配置されている。重厚なカーテンなどで装飾を施しながら、どこか家庭的な雰囲気を醸し出している。そして、実は3階もある(写真は二階のみ)。天井の形に沿って家具が配置されている。少し暗い感じが好きな人にはいいかもしれない。

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スウェーデンのカフェスタイル

 ウェーデンの良いところは何かと考えたとき、真っ先に思い浮かぶのが、スウェーデン流のカフェの存在である。インテリアや家具が概して「カワイイ」ということはもちろんあるが、それだけではない。私があえてスウェーデンのカフェの魅力を力説をするのは、この国のカフェには一定のスタイルが確立されており、それが分ちがたくスウェーデン人のアイデンティティーと絡み合っている、そしてそれが分かりやすい形で現代でも残っている(と考えられる)からである。
 
 日本における「茶」の様式が、「和」という概念とともに、独自の世界観を作り上げてきたように、スウェーデンでも、ある一定のカフェスタイルが生まれてきた。主に「極寒の冬」における「室内文化の発展」と、戦争の被害を受けていないという点での「歴史や伝統の継続性」。これらの二つの要素が、スウェーデンのカフェスタイルを形成してきた。
 カフェの特徴は何かというと、プレモダンである。具体的には、「昔ながらの木製の家」「アンティークの大きな家具」「小奇麗な壁紙と絵画」「重みのあるカーテン」ーーつまり、バロック的な重厚な家具とロココ的なミニチュア様式の組み合わせ、そして、それらを対立させることになく包み込む「スウェーデン流の木製の家の佇まい」である。これによって、スウェーデン独特の歴史と伝統に根ざした室内空間を作り出しているといえる。
 そもそも、ヨーロッパといっても、北ヨーロッパと大陸ヨーロッパでは、文化の成り立ちが大きく異なる。チェコ人の有名な文筆家のカレル=チャペックは、イギリスに旅行したときに書いた「イギリス便り」という本のなかで、次のようなことを述べている。
 南ヨーロッパとは、「屋外」の文化である。そこに住む人々が広場やストリートに集まり、一緒に音楽を奏でたり、歌を口ずさんだりすることで、「屋外」における文化が形成された。その一方、北欧では、「室内文化」が発展した。厳しい冬を過ごすために、人々は室内の装飾に工夫を凝らし、カードゲームやボードゲ−ムに夢中になったー。いくぶんシンプル過ぎる分類ではあるが、北欧と南欧の違いの重要なポイントを言い当てていると思う。
 また、私の印象であるが、日本で「北欧流のカフェ」という場合には、スウェーデン的なものよりも、フィンランド的なものがそのほとんどを占めている。それはシンプルな白色を基調にした、スタイリッシュでモダンな家具様式のことである。もちろん、スウェーデンにも、そのような現代的なスタイルのカフェはたくさんあるが、スウェーデン人にとっての伝統的なカフェといえば、上で述べたようなプレモダンなスタイルのことをいう。
 というわけで、スウェーデンカフェを体験したい人はスウェーデンに来てください。

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スウェーデン、児童ポルノの漫画規制

 ヶ月ほど前のことであるが、スウェーデンでも、児童ポルノ(とみなされる)漫画の単純所持が違法に当たるかどうか大きな議論になった。ことの発端は、漫画やアニメの翻訳家の第一人者として知られるシーモン•ルンドストルム氏のもとに届いた、一通の封筒だった。児童ポルノ法に抵触するマンガを所有していることを理由に起訴するという内容だった。そして、ウプサラ地方裁判所の審議の結果、シーモンさんには有罪判決が下され、罰金刑を課されることになった。
 スウェーデンのSVTでも特集が組まれている。「ふざけている、ただのマンガだ」(シモンさんのコメント)。また、日本のニュースサイトでも小さく取り上げられている。「日本の児童ポルノ漫画所持の男、罰金の支払いを命じられる(スウェーデン)
 スウェーデンでは、現実に実在する少年や少女に関するポルノ写真の撮影、所持や配布などは禁止されているが、マンガの表現においてはどこまでが規制されるかこれまで具体的なルールが整備されていなかった。つまり、どのような描写が児童ポルノ法に抵触するのか、どこまでが表現として許容されうるのか、そもそもマンガの非実在の児童キャラクターが保護されるべきなのか、このような問題についての社会的な合意というものはほとんど存在していなかった。今回、漫画の単純所持という行為で、シーモンさんが児童ポルノの違反を言い渡されたことで、判決の是非が大きくクローズアップされた。
 スウェーデンは、「過剰」なまでに表現の自由を尊重する国として知られている。(最初にデンマークで騒動になった後)2007年、スウェーデンの新聞社が、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺絵を、表現の自由という名のもとに掲載して議論となった。風刺絵の掲載の是非は別にするとして、「表現の自由は何によっても萎縮されるべきではない」という雰囲気は社会の中で根付いている。そんな国であるからこそ、児童ポルノを含む漫画を「所有」していたとして罰金刑が課されることには納得がいかない。本当に表現の自由に理解があるのか、と。
 シーモンさんも主張しているように、あくまで漫画、非現実の世界であり、これによって被害を被っている人間はいない。児童ポルノ法が、児童の保護を目的としているのであれば、その保護の矛先は生身の人間に当てるべきだろう。これは東京都が進めている児童ポルノの規制にもいえることだ。漫画における非実在の児童の心配をする前に、まず現実世界において、少年や少女が曝されている実在の写真や動画の取り締まりを強化するべきだろう。
 そもそも、架空世界の漫画の表現を、どこの誰が「教育上に適切か不適切」か判断できるというのだろうか。もしかしたら、誰がどう見ても「有害」として言いようがない漫画が存在するかもしれない。だが、その下劣な作品を規制しようとすることによって、そうでなければ出てきたかもしれない、「素晴らしい」芸術的な作品の萌芽を潰してしまうかもしれない。こういう社会的得失について誰がどのように計算して規制することができるだろうか。今回の判決は、「表現の自由を萎縮させる」ことにならないのだろうか?
 いろいろと考えてみたところ、スウェーデンの場合、特に漫画に関して「生産」する人が少ない、というかほとんどいない。つまり、守るべき「表現」そのものがない。つまり、功利主義の観点からは、社会的な損失は割合に少ないといえるかもしれない。
 シーモン氏は、「判決はおかしい」として不服を申し立て、上級裁判所に上告することにした。現在は、スウェーデンの新聞やテレビのメディア、そして知識人たちの多くが彼を支持してくれているので、次の裁判で、今回の判決がひっくり変える可能性は大いにある。

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選挙ムードのスウェーデン

 ウェーデンでは9月19日に総選挙がある。新聞やテレビはもちろんだが、ウプサラの町も選挙ムードに染まってきた。今週から町の広場では、主要な各党(今回は8政党)が各々の小屋を拠点にして、選挙活動を始めた。各々の政党のカラーに小屋を彩り、政党員やボランティアがビラを配ったり、政策の説明をしたりしている。
 驚くべきは、若者のアルバイトやボランティアの多いこと(ボランティアとアルバイト)。高校生や大学生だけでなく、(ほんの一握りだが)中学生までいる。着ぐるみを来たり、マンガのマニフェストを渡したり。特に週末になれば、多くの人たちが足を止めて、政党の政策をチェックして、候補者の演説に耳を傾ける。四年に一度のイベントということもあるが、ある意味で「お祭り」的な賑わいを見せている。
    
  左から「左翼党(レフトパーティー」「社会民主党」「環境党」ですべて左派ブロック。広場の向い側には右派ブロックで「穏健党(保守党)」「自由党」「キリスト教民主同盟」「中央党(農民党)」の小屋が並んでいる。まだ国会に議席はないが、「海賊党(パイレーツ党)」の小屋もある。
    
    演説会で最初に出てきたラッパーの人。すごいテンションが高い。
    
    終盤に登場した腹話術師。パキスタンの災害について熱弁していた。
    
    環境党の代弁者(スポークスマン=リーダー)、マリアさん。10パーセントくらいしかわからなかったけど、話し方にすごみと迫力があった。
  
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 あくまでも表層的な印象に基づいていうと、やはりスウェーデンの民主主義は上手く機能していると思う。こういう若者が出てくるというのは、一定程度の大人がそこに存在するということであり、人を育てる機能がそれなりに社会に根付いているということだ。もちろん、社会の仕組みやシステムがそういう若者を生み出すように構造化されている点が大きな要因だろう(ただ、これを構造化するためには結局、人が重要になるのだけど)。ウプサラ大学では、特に政治行政学科の学生の多くは政党に所属したり、その他の団体で社会的な活動をしたりしている。9月に入ると、大学生による事前の投票イベントも開かれるらしい。
 翻って、自分の大学の政治学科のことを考えていると、そうやって選挙や政治活動をしている学生なんて、ほんの一握りだった。しかも、関わっている人たちは、大体がちょっと変わった人達。選挙は、一部の変な人たちがやるものという「常識」があるんだろうな。
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 さて、とはいうものの、スウェーデンでも党員の数は減って来ており、いわゆる無党派層が大多数を占めるようになっている。今日のウプサラの地元紙(Uppsala Nya Tidning)によれば、主要政党の党員の合計数は、1991年の62万5306人から、2009年では27万3000人に減少。スウェーデンの人口は約930万だから、34人に1人くらいが政党員だということだ(この数字が多いのか小さいのかよくわからない。ちなみに、日本の政党所属人数が約160万人(?)だとすると、日本では78人に1人くらいが党員ということになる)。
 というわけで、政党中心の政治ではあるが、スウェーデンでも浮動票が大きな鍵を握っている。現時点では、環境党が大きく躍進するという予想が出ている。現在は国会(定数349)の約6%の議席を占めているが、現時点の世論調査では10%を超えている(本当にそこまで伸びるか疑問視する声もある)。今後とも、若者の政治参加という観点を重視しながら、選挙戦について書いていこうと思う。

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新しいアパート

 今回、私が住むことになった部屋は、友人のイギリス人から借りた。去年、スウェーデンに来たときに日本語を学びたいとコンタクトしてきた。翻訳家としてもう20年以上、スウェーデンに住んでいる。ストックホルムにもアパートを持っていて、主に文筆家を対象に貸し出している。ウプサラの中心地から徒歩で30秒、政治学科の建物からは10秒でいける距離にある建物の最上階。ここにはイギリス人のオーナーと私のほかに3人が住んでいる。すべてが学生で修士課程に在籍している。まだ夏休みから帰ってきていないため、会っていない。
 私の部屋はベッドと書斎に分かれており、大きさはかなり小さい。キッチンとバスルームも共有だ。ただし、抜群のロケーションで、月々の家賃は現在のレートで4万5千円弱という点を考慮すれば、まあ、よかろう。以前住んでいたイケビーは部屋が8畳以上はあるという大きな部屋で、キレイだったが、家賃が高く中心から遠かった。学生寮だけあって、他の学生たちとの共同生活は楽しかったが、やはり勉学に集中するにはいささか楽しすぎる感があった。
 (晴れの写真を載せようと思ったが、昨日からずっと曇りときどき雨の天気だ)
      
     
   
     
     大聖堂の前にある建物が大学のビル。なぜかジムも入っている笑。

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ウプサラでの新生活

 イのバンコクを経由してストックホルムに着いた。待ち時間を含めると、ほぼ20時間を超えていた。飛行機を出て、入国審査を通過し、ウプサラへのバスに乗った。空港から市内までの道を眺めると、平坦に生い茂った森が広がっている。そこを抜けると、緑の平原が右手に続いている。所々に点在する岩肌の一面がこちらに顔を見せる。よく覚えている。最初にウプサラにやって来た時、目に映るすべてを記憶に焼き付けようと、とにかく窓のばかりを見つめていた。もう二度と戻ってくることはないと自分に言い聞かせていたからだ。一回だけしか出会うことはないのだから、どんな細かな破片でも見逃すまいと臨んでいた。今更ながら、こうして戻ってきているのが信じられない。
 
 アパートに着いた。ウプサラの広場から徒歩で30秒の所にあるビルの最上階。僕に与えられたのは、三畳ほどの書斎と同じくらいのベッドの二つ部屋だった、書斎の左の窓を見れば、政治行政学科の建物が見える。その後ろには、ウプサラ大聖堂も見える。部屋は少し小さいが、窓からの景色もいいし、何より大学まで10秒で行けるので、文句はない。もともと勉学が一番の目的である。この一ヶ月のダラダラとした生活ときっぱりと決別し、規律のある暮らしへ。
 
 今後の具体的な目標はまたの機会にでも書こうと思うが、とりあえずは、生活のリズムを一定に保っていきたいと思う。村上春樹は、朝の3時か4時に起きて小説を書き、午後には音楽を流し、そして(夏には)夕方に運動をするというリズムを大事にしてきた。その考えに従い、まずは外部の無駄な要因を排除し、心身ともに安定させ、そして、きちんとしたルーティンを作り、それに沿って毎日を安定的に過ごしたいと思う。僕の場合は単調な生活が耐えられない人間なので、どこまで外部要因をいかに減らせるかが重要になってくる。まずは11時に就寝することを徹底しよう。

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