英国のEU離脱を巡る国民投票(6月23日)が約3週間後に近づいてきた。
6月2日、Skynews(ニュース専門チャンネル)において、残留派の英首相のキャメロン、6月3日に離脱派の司法大臣のマイケル•ゴーブがそれぞれ一時間の枠で質問と回答を行った。約25分間、主要なテーマに沿って男性の司会者からの「尋問」に対して回答し、その後、スタジオの一般聴衆から25分間の質問を受けるというものだ。これまでの討論としては最も長く包括的なものであり、何よりも、司会の質問が極めてタフで、見応えがある(日本でもこういうガチンコの勝負が見たいものである)。
二人の尋問の結果について私の印象をいえば、キャメロン首相が上手く切り抜けたという感じするがが、一般大衆の目線になれば、ゴーブ司法相の方にシンパシーを感じたかもしれない。
キャメロン首相への質問&回答(英語)
キャメロン首相は、EU離脱は英国経済に悪影響を与えるという一点をゴリ押ししており、EUの単一市場(single market)へのアクセスがなくなれば、自動車や航空業界の製造業から金融などのサービス業まで大きな経済損失を受けるという点を強く強調、さらに離脱派はEU離脱した後のシナリオを全く考えていないとして批判を展開した。まさに経済問題に特化したアピールといえよう。
司会者から「保守党のマニフェストにはEUからの移民の純流入数を1万人までに抑えるとしていたが、実際は10万人を超えて流入していて公約違反ではないか? いつ目標は達成されるのか?」と問われると、キャメロン首相は「EU市民に対する勤労給付を調整したので今後EU移民の数は減るはずだが、いつ達成するかはいえない」と回答。また、「EUの単一市場(single market)へのアクセスを確保するためには、全ての加盟国が単一市場のルールを遵守する必要がある」と述べた。キャメロン首相の回答は非常に正直なものであるが、EU移民の削減を求める英国民からすれば、移民は防げないと思うだろう。
ゴーブ司法大臣への質問&回答(英語)
一方で、ゴーブ司法大臣は、英国のことはEUではなく英国が決めるべきだという主権の問題を強調、特に移民政策については「私は移民に反対しているわけではない、EUからの移民は無制限に受け入れなければならない点がおかしい、むしろ、英国がオーストラリアのように条件に見合う移民を受け入れるような仕組みをとるべきだ」と主張した。まさに主権とコントロールに特化した説明だった。
司会者から、経済に悪影響がないといえるのかと問われると、質問には直接的に答えず、EU離脱後のシナリオについても語らなかった。むしろ、これらの質問に対しても「主権とコントロールを取り戻すことが大事なのだ、EUのエリート官僚の規制から抜け出せば、英国民の潜在力を発揮できるようになる、私は英国民の力を信じている!」というような、ナショナリズムに訴えるような主張を展開した。しかも、最後には「EUからの離脱は英国を再び真に偉大にするのだ(if we leave the EU – ensure the next generation makes this country once more truly great)」というドナルド•トランプをパクったかのような発言が飛び出した。
キャメロン首相は上手く立ち回ったが、ゴーブ司法相は意外にも経済分野での失点が少なく、主権や移民問題で感情に訴えるアピールをしたことで、一般大衆からは印象が良かったのではないかと思う。キャメロン首相は「EU離脱は経済に悪影響」という点を強調しているが、ゴーブ司法相は「経済に悪影響になるかもしれないが、主権や移民の方が大事だ」という反論を展開しているため、結局のところ、英国民が、経済影響をより重視するのか、主権や移民の問題を重視するのかという理念の違いに帰結してしまう。キャメロン首相の戦略は、「人間は経済合理性に基づいて行動する」という理論に基づいたものであるが、人間は経済合理性よりも感情を優先させる事もしばしばあるので、どちらに転ぶかどうかはわからない。日本人が戦争に負けると分かっていて突っ込んでいくのと同様、英国人も経済的に死ぬと分かっていて飛び込まないとどうしていえるだろうか?
なお、国民投票の二日前(6月21日)には残留派のオズボーン財務相と現ロンドン知事のカーンと元ロンドン知事のジョンソン氏が公開ディベートを行うことになっているので、そこが勝負の分かれ目かもしれない(当初は財務大臣のオズボーンとされていたが、カーンに変更されたようだ。新旧のロンドン知事対決である)