EU離脱後に英国が迫られる選択③:日本への影響?

 これまでの記事では、英国とEUとの貿易関係を踏まえて、EU離脱後に英国に残された選択肢(ノルウェー、トルコ、カナダのモデル)の内容とともに、その選択肢の英国への適用可能性についてまとめた。

 これらの関係を図式的に表すと、下記のようになる(表1と表2)。

 表1:EUとの自由貿易圏及び二国間の貿易協定EUの自由貿易体制

EU離脱後に英国が迫られる選択

 2016年6月23日の国民投票でEU離脱を選択すれば、英国は2年以内にEUとの新しい貿易協定を結ぶ必要がある。そこで代替案として示唆されるのがノルウェー、トルコ、カナダのような協定であるが、結論から言えば、どれも現在英国が有するEU単一市場へのアクセスを代替するものではない。

 最も広範かつ包括的にアクセスを可能とするノルウェーモデル(EEA)ですら、農水産品の関税が課されるとともに全ての物品の関税手続きが必要となる。何よりも、EU加盟国と義務の内容はほとんど遜色ないにも関わらず、EUの政策決定に何の関与もできなくなる。これは屈辱以外の何ものでなく、あの大英帝国が受け入れるとは思えない。

 また、関税同盟のトルコモデルについても、物品関税のアクセスは許容できる内容だとしても、英国の強みであるサービス分野のアクセスが全く保障されていない点は全く不十分であり、さらに、関税同盟によって英国のFTAの交渉余地が事実上制限されることになるので、そのような条件を飲むはずがない。一方で、カナダモデル(FTA)については、英国に対する義務が少ないという点で魅力的なものであるが、物品やサービスの個別分野、特にサービスアクセスの度合いについては全く満足できるものではない。

表2:EUの単一市場へのアクセスの度合いと義務

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 英国のEU離脱派は、ノルウェー、トルコ、カナダのようなモデルは全て不十分であるとした上、一旦EUと再交渉を開始すれば、英国モデルのような新しい貿易関係が築くことが可能であり、最低でもノルウェープラスやカナダプラスのようなより良い内容を確保できるといった主張を展開している。だが、英国のみに更なる特権を与えれば、他の加盟国やノルウェーやスイスなどから、再交渉の要求がドミノ倒しのように噴出しかねないことから、EUが簡単に譲歩することはありえない。

 そもそも再交渉で新しい貿易関係をすぐに結ぶことができるというのも離脱派の幻想である。EUとカナダはFTAを結ぶまでに7年間を費やした。英国よりも経済規模が小さいカナダですら7年もかかっているのに、英国が EUと2年以内に、しかも英国に有利な条件でFTAを締結できると本気で考えているのであれば、相当な楽観主義者である。

 一方で、EU離脱派は、たとえEUと新たな貿易関係を結べなかったとしても、EUとほぼ経済的に同規模の米国とFTAを結べば良いと主張してきた。実際に、貿易金額に占める英国とEUとの貿易割合は低下し、米国や中国などのEU以外の国との貿易が増加傾向にあるため、離脱派のこの主張には一定の合理性があった。

 だが、オバマ大統領は、「米国は、EUよりも先に英国とFTAを結ぶつもりはない」と述べ、この最後の頼みの綱をスパッと切落としてしまった。米国は、EUとのFTAを優先させると公言していることから、もしEU離脱を選択した場合、英国は、EUと米国の市場にもWTOのベーシックなレベルでしかアクセスできなくなる。英国に拠点を置く企業は、市場アクセスを求めて、EUや米国への移転も検討し始めるだろう。

日本企業への影響?

最後に、英国のEU離脱が日本企業に与える影響についても触れたい。

 英国は、EUへの市場アクセスのゲートウェイとして機能しており、米国や日本から、製造メーカーや金融機関を中心に多くの現地法人の設立が行われてきた。英国市場に向けた生産・販売だけでなく、EU市場全体に生産・販売拡大するための投資戦略である。特に日本からは自動車メーカーや部品メーカーが進出しており、直接的にも間接的にも多くの雇用を生んできた。

 ここ何十年は英国の製造業は衰退傾向にあった。

 1972年に生産台数が約200万台だったのが、1980年代には100万台以下に激減した。そんな時に英国に投資を行い、製造業の復活に大きく貢献してきたのが日系メーカーだった。2015年、英国の乗用車の生産台数は157万台だが、その約半数は日系メーカーが占めるまでになっている(日産は50万台、トヨタは19万台、ホンダは12万台)。全体の乗用車のうち、輸出向けは全体の78%(122万台)であり、EU向けの輸出は全体の57%(70万台)、その他は米国向けが10%、中国向けがになる(参照)。

 自動車の部品や素材の調達についてはEU域内のサプライチェーンに依存していることから、EU離脱によってサプライチェーンが使えなくなれば、部品の輸入及び完成品の輸出に係る関税コストや原産地証明の事務コストが大幅に増加することとなる。OECDのTiVA(2011年)によれば、英国の自動車の完成品に占める海外付加価値の割合は44%であり、海外からの調達比率が高い(一方で、日本は14%、ドイツは31%と比較的に低い。)。

 もし英国がEU離脱を選択すれば、英国に拠点を置く意義がなくなり、日系メーカーが投資して築き上げてきた資産が毀損されることになる。EU加盟国ではない英国に自動車を販売するためならば、他のEU加盟国で生産したものを輸出するか、日本から直接輸出した方が効率が良いため、工場の移転や閉鎖といった話も出てくるだろう。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: EU, EU TRADE, 英国離脱 タグ: パーマリンク

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