自由貿易と農業は両立しないーTPPに反対

 本のTPPへの加盟が問題になっている。若干乗り遅れた感はあるが、私の意見を述べる。率直に言って、TPPには参加しない方がいいと考えている。一つには今の自由貿易の体制に問題がある。もう一つは、TPPに加盟することで得られる利益よりも、そうすることで受ける損失の方が大きいと考えるからだ。(若干改訂2012年2月15日)
 自由貿易の枠組みでは、両者の経済的なパイが増えるため、WIN-WINの関係であるといわれる。例えば、 日本の農産物よりアメリカの農産物の方が生産性が高いので、日本の農業にお金を入れて産業を保護するより、アメリカから輸入した方が効率が良い。また、逆に、日本の競争力のある製造業が輸出を伸ばすことができる。消費者としては、安くて良いものが手に入るので、ハッピーになる。また、生産者も、競争原理が働くので、規模の拡大や効率化、技術革新を通じて、国際競争力を付けるように工夫するようになり、長期的には自国にとっても良いものとなる。理論としては、こういう風になるはずである。
 ただ、いくつか問題がある。
 ひとつには、市場原理の下では、良い商品やサービスが残り、悪いものは駆逐されるが、農業には「多面的な役割」があるため、市場原理だけで運営するわけにはいかない。農業には、食糧供給だけでなく、地域の自然環境の保全という役割もある。外国に対する関税障壁と価格支持を取っ払い、(条件付き)所得補助へと切り替えることで、一部のプロの大規模農家は生き残るかもしれないが、それ以外の大多数は駆逐される。ただでさえ弱い小麦や大豆などの穀物、畜産分野などは壊滅的な打撃を受け、日本の食糧自給率はさらに低下する。
 
 もう一つは、自由貿易というが、危機になれば、自由貿易ではなくなる(と思う)。どの国も自国民への供給を優先する。電化製品や車であれば、輸入が止まっても大した問題ではない。が、食糧の輸入が止まることは、重大な問題である。これからインドや中国が爆食を始めれば、穀物の価格は高騰する。また石油の価格が上がれば、それに合わせて農産物の価格も高騰する。世界的な食糧危機が起きれば、自国の食糧供給を維持することすら難しくなるかもしれない。
 農業は、他のセクターのように売れなかったら退場させればよいというものではない。
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 先日、米国の農業政策についての面白い研究書を読んだ。
 「食糧供給の政治力学(The Politics of Food Supply)」(Bill Winders)。この本では、1930年代から大きな政府によって保護されていた米国の農業政策が、1990年代までに自由貿易へ向かっていった背景が描いている。著者によれば、米国の農業政策は三つの農業分野の政治力学によって規定されてきた(いる)。その三つとは、北西部のコーン、北中部の小麦/コーン、南部のコットン(後に大豆)である。ここのリンク(英語のラジオ)から著者へのインタビューを聞くことができる。
 1930年代に農産物の価格が暴落を起こした後、米国ではルーズベルト大統領の下、政府による市場への介入ー生産調整、価格支持、(のちに輸出補助)ーが大々的に進められた。この供給管理の政策は、第二次大戦後も継続されるが、1950年代にヨーロッパの農産物生産が回復してくると、コットンや小麦などを中心に生産過剰/補助金漬けが続くようになる。
 コーン地帯の生産者たちは競争力があるため自由主義を掲げてロビー活動を行い、コットン地帯の生産者は政府による補助がなければ維持できないため価格維持あるいは輸出補助金を求める。ここに米国の農政における大きな対立軸ーコーン農家vsコットン農家ーがあった。
 しかし、1960年代に市民権運動(Civil Right Movement)が活発化するにつれ、南部の黒人たちはプランテーションから抜け出して北部へ向かった。これにより、南部の民主党の地盤が崩れ始め、政治力が弱体化する。それと同時に、南部のコットン地帯では、肉の消費の拡大を背景に、コットンから穀物(大豆)へと生産物の転換が行なわれ、農業競争力は上がり、それまでのように政府による市場への介入が必要なくなった。
 つまり、南部のコットン地帯における黒人大移動と、コットンから大豆/畜産への生産転換が、米国の農業政策が保護主義から自由主義に転換する背景にあったという。普通ならば、1980年代から進められたGATTウルグアイラウンド(=自由主義促進のための国際的な枠組み)などの外部の圧力を米国農業の政策転換の要因に上げるが、彼の研究の功績はあくまでも米国内の構造変化を指摘したことだろう。
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 当たり前のことだが、米国は崇高な理念から自由貿易を推進しているわけではない。むしろ、自国の利益になる分野では自由貿易を推進し、そうでない分野では保護主義的な態度を取ってきたし、これからもそうするだろう。リアリストの視点からみれば、米国は自分に不利な枠組みには加わらない。京都議定書からの脱退や国際司法裁判所の批准拒否にもそれが現れている。米国がTPPを進めるのは自国に有利な枠組みになるからである。もし日本がTPPの交渉に参加するのであれば、その点をきちんと理解しておく必要があるだろう。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: 評論・書評・感想 パーマリンク

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