プラットフォームとしてのメディア

 月になると、環境党の青年部でも、多くの新しいメンバーが入ってくる。スウェーデンでは他の西洋諸国と同様、9月が新学期に当たる。フレッシュな高校生や大学生たちが新たな所属先を求めて組織を渡り歩いている。ここ一ヶ月程、環境党の青年部では、基本的な政策や思想などを学ぶ機会が用意され、20人を超える人達が参加。いつもの内輪的な雰囲気が消え、勉強会の議論に緊張感が生まれる。
 先週は「大手メディアへ意見文を掲載するために!」というテーマで、勉強会を行なった。青年部の活動の中でもメディアへの政策提言は重要な活動の一つである。去年まで青年部の代表をしていたアンデシュという学生がこれまでの経験などを交えながら講義を行い、その後、グループに分かれ、実際に自分らでテーマを決めて意見文の作成に挑戦した。意見文の書き方についてはマニュアル的なことで目新しいことはなかった。今回の勉強会では、大手メディアが「参加型民主主義」の大きな土台として機能していることを改めて認識させられた。
 アンデシュはこれまで数多くの意見文を書いてきたというが、そのほとんどが実際に主要メディアに掲載されているという。これはアンデシュだけでなく、他の党員たちも口を揃えていうことである。つまり、頑張って書いたものが、掲載されないということが少ないのだ(主要メディアのWEBにおけるディベートページを含める)。
 これを聞いてふと思ったのは、その「公共空間」に参加する敷居の低さである。大手メディアは公共の議論のプラットフォームの役割を果たしており、記事が掲載されることの「意味」は大きい。普通、スウェーデンで意見を載せたいと思ったときは、大手の新聞の4社(SvD, DN, AftonBladet, Expressen)やスウェーデンの公共放送に論考を投稿するか、地方の新聞社に送るかする。もし掲載の競争から漏れれば、雑誌への投稿に切り替えたり、NewsMillなどのWEB上の言論フォーラムに出したり、自分のブログなどにアップしたりする。そこには見えない階層(ハイラルキー)があり、大手の新聞社が議論の中心を占めている。
 大手のメディアの側は、ディベートのページをたくさん設けている。政治家や専門家を中心として「政策論議/提言」が常に行なわれている。新聞の紙面上だけでなく新聞社のWEB上にもこのような「空間」はたくさん用意されている。もし紙面上の掲載が無理だったとしても、論考のテーマと内容が時勢に合っていれば、WEB上の討論のページに掲載される。例えば、紙面に掲載されたある論考に対し、その日の間に反論を書いて送ると、翌日の新聞紙面やWEBの中で掲載されやすい。スウェーデンの公共放送(SVT)でも、WEB上にディベートのページが設けられており、誰でも意見文を投稿出来るようになっている。
 また、スウェーデンの新聞で印象的なのは、両論併記が少ないということ。誰かが主張を述べる場合には、ほぼ丸々1ページ分を使い切る。上で述べたように、気に入らなければ反論を送れば良いという考え方だ。運が良ければ紙面に反論が載るし、運が悪くてもWEBに掲載される可能性がある。WEBに載った反論のタイトルだけは紙面上でも掲載される。形としての両論併記が少ないということは、逆にエディターのバランス力が求められる。
 スウェーデンでもブログ、TwitterやFacebookなどのソーシャルネットワークなども影響力を持ち始めているが、私の印象では、大手メディアを修正/補完する役割に留まっている。重要な政策論議が行なわれるときは、政治家や専門家が大手の新聞メディアに意見文を発表/反論したり、テレビの討論会で公に議論をやり合う。一般の人達はこうした議論をソーシャルメディアを通じて学び、自分の意見を形成し議論を行なう。言い換えれば、大手メディアのプラットフォームがあってこそ、ソーシャルメディアが威力を発揮しているのである。
 大手メディアの側がそれなりの「正当性」を持った「公共的な言論空間」(=それなりの質が担保された言論空間)をたくさん提供すると同時に、そこに政治家や専門家、活動家たちがそこにコミットしている。つまり、スウェーデンのメディアは、情報を「伝える」という役割だけでなく、公共的な議論の空間を「整備する」という役割も担っていると言える。
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 日本の大手メディアは「公共的な議論の空間整備」に何の役割も果たしていない。新聞紙面上では政治家や専門家による政策議論/提言/はほとんど行なわれていない。これまでそういう役割を担ってきた論壇(雑誌)は壊滅状態。WEBにその機能を移そうという試みがいくつも行なわれているようだが、上手くいっていないし、これからも上手く行かないだろう。
 私は、無意味な社説を書いたり発表記事を垂れ流すくらいならば、丸々見開きの2ページを政治家や専門家が「ガチンコの政策論議」を戦わせる空間にしたら良い、と思う。こっちの方がよっぽど公共の利益になるだろう(ついでに新聞社のスリム化にもなるだろう)。
 新聞メディアはそもそもWEB上に、ディベートのページすら用意していない。もしもそういう「ガチンコ政策論争の場」があれば、素晴らしい提言/反論はソーシャルメディアを通じてすぐに大きく広がっていく。どの政党がどんな思想を持ち、どんな政策を進めているのか分かりやすくなる。さらに市民社会で活発な議論が期待できる。新聞社がやるべきことは、プラットフォームとしての「権威(=正当性)」を保つために、出来るだけ中立的に(両論併記という意味ではない全体のバランスで)掲載の可否を判断し、このコーナーのWEBページだけは何があろうと消さないようにする。
 スウェーデンの民主主義(参加型民主主義)が比較的に上手くいっているのは、大手メディアの果たす役割が大きい。大手メディアが、一般の人々の議論の土台になるようなプラットフォームとしての情報を提供しているのである。スウェーデンは新聞の宅配文化を持つ国として、生活に新聞が根付いている(た)国として日本と似ているところがある。日本の新聞メディアが学ぶべきはプラットフォームとしてのメディア像である。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: スウェーデン, スウェーデン(政治・社会), 政治参加・投票率・若者政策 タグ: パーマリンク

プラットフォームとしてのメディア への4件のフィードバック

  1. COCO より:

    >日本の大手メディアは「公共的な議論の空間整備」に何の役割も果たしていない。
    この一文にとても共感しました。
    私はインテリアに興味があり、北欧諸国についての本を読むようになりましたが、徐々に気づいたのが、国としての姿勢、政治のあり方が日本と異なっているということでした。
    北欧の政治は「なにはともあれ健全なコミュニケーションがある」と強く感じました。
    (それが、「スウェーデンの民主主義(参加型民主主義)」で、
    日本のように、国民と政治がかけ離れていないのですね)
    その違いはなにからくるのかと考えたときに、日本は「議論」が足りないと思い当たりました。
    もしくは、健全かつ有効な議論をするための素地、でしょうか。
    人の揚げ足をとったり詭弁を弄したり、といったことばかりで、
    健全な議論の場というのはあまりないように感じます。
    また、ひいては日本の教育も「議論」をするための教育を行っていないという面もありますね。
    また、拝読させていただきます。

  2. おぐし より:

    スウェーデンのメディアがプラットフォームとして上手く機能しているのは、メディア政治家たちがメディアで説明責任を果たさないといけないという規範が存在するからでしょう。今議論になっている問題があったとき、スウェーデンでは大臣クラスがその夜の番組に出たり、新聞に投稿したりして、当該政策のメリット/デメリットについて議論をします。
    例えば、日本の文脈でいえば、原発であれば即廃止か継続か新規建設か、継続だとすればいつまで続けるのかー20年までか30年までかなどを各政党が明らかにするべきですが、日本の政党は何を考えているのかさっぱりわかりません。TPPの議論を見てもどういう点でメリットがありデメリットがあるのか説明しきれていないように思います。スウェーデンでは政治家がきちんと説明しなければ、他の政党の政治家がきちんとした反対声明/提言文を新聞に書いたり、市民団体と一緒にデモを企画したり、メディアがそれを取り上げたりして政治家にプレッシャーをかけます。
    スウェーデンの大手の新聞は、新聞というよりも雑誌に近いです。問題の焦点を絞り込んで深くレポートします。平日版の新聞でも4ページの特集はざらにありますし、休日版では8ページの特集も珍しくありません。何がどう問題でどういう選択肢があるのかとてもわかりやすい。日本のメディアもそういう方向へ舵を切りつつあるとは思いますが、まだまだ中途半端だと思います。

  3. マインズ より:

    日本ではまんべくん騒動なんていうくだらないことをしていますね。スェーデンの真面目で有意義なメディアのプラットフォームの爪の垢を煎じて飲んでほしいですね。

  4. おぐし より:

    マインズさん
    ほんとにどうでもいい番組が多いですよね。アメリカの大メディアも日本以上に危機的な状況だと思います。言論のプラットフォームをどのように作っていくかは世界各国の大きな課題かもしれません。

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