日本の「文化大国」という新しいアイデンティティー

 し前ですが、ウプサラ大学の「フォーリンアフェアーズ(外交問題」という組織の発行している雑誌に記事を投稿しました。題名は「文化大国•日本という新たなアイデンティティーの出現」。何となくの暴論です。こちらから英語で読めます。”Japan’s new identity rise-as a cultural giant“.
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 記事の内容:昨年、日本は世界第二位という地位を中国に奪われた。上の世代にとっては目を背けたくなるような事実かもしれないが、若者に限っていえばさして驚くべきことではない。生まれたときから日本経済の停滞を見続けてきた若者は、そんなことで自尊心を痛めはしない。経済大国という地位など、二束三文の価値しかないだろう。むしろ、我々の自意識がひどく揺さぶられるとすれば、それは「文化大国」という地位が脅かされるときである。
 若者は、経済停滞のニュースが続くなかでも、日本という国への自信を見出している。実際、内閣府の世界青年意識調査(2009年)によると、「自国人であることに誇りを持っている」と答えた若者は81%で、6年前の同調査と比べて9ポイント増えている。また「自国の誇れるもの」についても「歴史や文化遺産」「芸術や文化」が上位にランクインしている。NHKとGallop社の「世界は日本をどう見ている」という国際世論調査でも、「日本は強い経済力を持っている」と答えた人は20%と他国と比べて最低だったが、「日本は伝統や文化が豊か」と答えた人は59%である。
 なぜ文化に対して自意識が高まっているのか? シンプルな回答は、海外で日本のブームが起きており、そのことが日本のメディアやインターネットを通じてよく取り上げられているからであるーー例えば、マンガやアニメに代表されるポップカルチャーは若者に人気があり、Sushi(寿司)を始めとする「日本食」を謳うレストランは増え続けている。また、日本の公共の空間(道や駅)の清潔さや治安の良さ、日本人の礼儀正しく親切なこと、グローバル化の中でも日常生活に伝統的な作法が生きていることなど、ソフト面でも高く評価されている。
 自己のアイデンティティーが常に他者を通じて得られるとすれば、このような「文化大国」という自意識は、外国人(≒西洋人)という他者を通じて高められてきたといってよいだろう。私の知る限り、「文化大国」というアイデンティティーが醸成された最初のきっかけは、2002年にダグラス=マックグレーが「外交(Foreign Policy)」という学術誌に発表した「日本の国民総クール(Japan’s Gross National Cool)」というエッセイである。彼の主なメッセージは、長期に渡る経済の停滞にも関わらず、「日本が経済大国だった1980年代よりも、世界に対する文化的な影響力はより高まっている」というものだった。
 その後、クールジャパンという言葉は、日本人の間でも使われるようになり、それを特集する新聞記事やテレビ番組も増えた。またインターネットの普及によって、あらゆる情報が手に入るようになり、日本のポップカルチャーが浸透することで、世界各地で日本ブームが起こるようになった。今では、フランスのジャパンエキスポのような日本のポップカルチャーのイベントが世界各地で開かれている。そして、「外国人(西洋人)が日本をクールと感じている」という言説が日本へ逆輸入されることで、若者たちは「文化大国」という自画像を認識し、日本という国そのものに対する自信を深めているのである。
 この分析が正しいとすれば、「どうして若者が内向きになっているのか」という謎も解けてくるだろう。つまり、日本の食のバラエティーとクオリティーの高さ、地域ごとの食や名産物の特色、都市部における娯楽の豊富さ、治安の良さなどを考えると、「日本で十分楽しいから海外に行かなくてもいい」と思うことは容易に理解できる。(もちろん、「精神的な要素」だけでなく、むしろ、財政、言語力、そして「一度レールから外れると戻りづらい」社会のルールなどの「構造的な制約」を気にして外に出ないという人はたくさんいるだろう)。
 また、この分析に従えば、今後の日本の社会は「鎖国的な方向」に向かうことが予想される。外国人がクールと感じている「日本の魅力」は、多かれ少なかれ「閉鎖的な島国」という「地理的条件(辺境性)」と深く繋がっている。もしも政府が、日本の国のかたちを損なうような改革を進めるのであれば、若者の文化大国としてのアイデンティティーは脅かされることになり、若者は強い嫌悪感を覚えるだろう。若者たちにとっての「国益」とは、経済的価値というよりも、日本の長い伝統や歴史に裏付けされた「文化的価値」のことを指すからだ。
 しかしながら、問題の焦点となるのは、痛みを伴わない改革を行うことなく、国のかたちを守れるのかという点である。果たして経済成長を目指すことなく、日本の膨れ上がった借金を返すことができるのだろうか。もしも経済成長が必要だとすれば「移民の受け入れ」はいらないのだろうか。経済成長なしに、現在の文化力を維持することが出来るのだろうか?もしも愛国者であろうとすれば、こうした問いは避けては通れないものだ。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
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日本の「文化大国」という新しいアイデンティティー への4件のフィードバック

  1. Ak より:

    小串君がんばってるなあ!感心していつも見てます。ツイッターとかやってないの?
    ちなみに夏のお土産のアブソリュート・ウォッカは適時有効に活用して友達と飲んでおります。超嬉しいお土産でした。あらためてありがとう。

  2. おぐし より:

    大久保さん
    どもどもお久しぶりです。コメありがとうございます。ツイッターやっていないですね。内心はすごくやってみたいのですが、ハマりそうで怖い。たとえば、大久保さんのツイート見るためには登録しないとダメな感じですかね。
    PS アブソリュート•ウォッカまた買っていきます!!

  3. Ak より:

    いやあマジ環境党入ってみちゃうとかすげえわww面白いっす。今度帰国したらまたじっくりお話聞かせてください。
    ツイッターはなんか最近やってみてはまってしまってる。なかなかいろんな情報が入ってきて有益です。俺のツイートはつまらないよ…。
    あ、それ凄くうれしいですm(_ _)m>>Absolute Vodka
    それではルポいつも楽しみにしてます!

  4. おぐし より:

    大久保さん
    環境党は、その政策が未来志向で面白いというのもそうですが、やはり優秀な人が多いのが一番の魅力ですね。今スウェーデンで環境党が躍進しているのも、政治家にタレントが揃っているというのが大きいと思います。特に環境党の今の若いスウェーデン人たちを見ていると、本当に人材が次から次へと出てくるなという印象を受けます。本当にうらやましい。。。これからもあまり取り込まれ過ぎないよう気を付けながらウォッチ続けたいと思います。笑。

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