ご存知の方もいるかと思うが、ヨーテボリ大学の博士課程で研究をしている佐藤吉宗さんが「スウェーデンパラドックス」という本を共著という形で出版された。スウェーデンの社会経済の全体像がこの一冊でわかるし、個別の税制や雇用政策(解雇規制など)のルールについても詳しい。おすすめの本です。
本書は、スウェーデンにおいて、福祉と経済がどのように両立しているのかについて解き明かす。一般的には、福祉を手厚くすると、人々は働く意欲を損ない、競争力が落ち、経済が弱くなると考えられているが、スウェーデンは、手厚い福祉と強い経済を上手く両立させており、成功モデルとして世界中から注目されてきた。日本ではあまり知られていない仕組み、それを支える行動原理を紹介しながら、なぜ飛ぶはずのないものが飛んでいるのか−スウェーデンパラドックスーについて解説している。
本書の読みどころは、大きく分けて三つあると考える。
一つは、スウェーデンの「厳しい競争社会」という点である。スウェーデンという国は、福祉が手厚くて生活に心配がないという安心の国というイメージを思い浮かべるかもしれない。しかし、本書が強く主張するには、スウェーデンは、生産性の低い産業や企業は淘汰され、競争力の強いものが生き残るという弱肉強食の側面を持っている。時代の流れに沿って必要とされるサービスは変わっていくため、人々も必要とされるスキルを常に更新していかなければならない。ゆえに産業や企業間の転職は当たり前のことで、労働組合の組織率が高いにもかかわらず、解雇に関する規制も日本で考えられているより厳格ではなく、必要に応じて柔軟に解釈されている。本書では、2008年秋の世界不況に見舞われた後、苦境に陥ったサーブやボルボをスウェーデン政府が救済しなかったことを例に挙げている。
二つ目は、さまざまな社会保障制度が、「労働インセンティブを最大限に高める」ように設計されている点である。たとえば、スウェーデンの労働コストは欧米諸国よりも低く、日本と同程度だという。その秘密は、たしかに企業の社会保険料負担は31%と高いものの、法人税は26%と低く、その他の福利厚生費や扶助手当などはほとんど掛からず、国が大きな役割を負っていることにある。また、本書の中で何度も強調されているように、スウェーデンでは働くことが大前提で、「働かざるもの食うべからず」という精神が貫かれている。たとえば、育児休業手当、疾病手当、失業手当などの社会サービスは所得レベルに比例して支給されている。つまり、働いていなければ、最低限のレベルの給付しか受けられないため、「就労してより多くの所得を得ようとするインセンティブが働く仕組みになっている」。
三つ目の特徴は、すべての章を通じて、日本との対比を徹底的に意識している点である。最後には、日本への提言という章を設けており、「第三の道」を掲げる民主党の政策について、イギリスの労働党とは似て非なるものと批判を加える。「郵政民営化の国有化路線」「日本航空の救済」などについては、「スウェーデンの経済や産業政策における小さい政府を見習うべき」と手厳しい。一方、目玉政策であった「子ども手当」についても、方向性こそ間違っていないが、日本の現状を見比べた上で、「子ども手当」よりも保育所の充実こそ重要な課題ではないかという。その他、日本の政治のあり方についてもいくつか提言をしている。
スウェーデンの様々な社会政策のモデルをそのまま日本が輸入できるわけでもないし、盲目的に真似するべきではない。しかし、このようにスウェーデンの取り組みの成果と過程を追うことで、日本が自ら問題と向き合い、解決していくためのヒントになることは確かだろう。著者の二人は、日本とスウェーデンの経済の専門家だけあって、両国の対比が上手くまとまっている。日本への提言書として、スウェーデンの社会システムの解説書として、色んな読み方ができる。スウェーデンに関心のある人もそうでない人にもぜひ読んで欲しい一冊である。