スウェーデン、児童ポルノの漫画規制

 ヶ月ほど前のことであるが、スウェーデンでも、児童ポルノ(とみなされる)漫画の単純所持が違法に当たるかどうか大きな議論になった。ことの発端は、漫画やアニメの翻訳家の第一人者として知られるシーモン•ルンドストルム氏のもとに届いた、一通の封筒だった。児童ポルノ法に抵触するマンガを所有していることを理由に起訴するという内容だった。そして、ウプサラ地方裁判所の審議の結果、シーモンさんには有罪判決が下され、罰金刑を課されることになった。
 スウェーデンのSVTでも特集が組まれている。「ふざけている、ただのマンガだ」(シモンさんのコメント)。また、日本のニュースサイトでも小さく取り上げられている。「日本の児童ポルノ漫画所持の男、罰金の支払いを命じられる(スウェーデン)
 スウェーデンでは、現実に実在する少年や少女に関するポルノ写真の撮影、所持や配布などは禁止されているが、マンガの表現においてはどこまでが規制されるかこれまで具体的なルールが整備されていなかった。つまり、どのような描写が児童ポルノ法に抵触するのか、どこまでが表現として許容されうるのか、そもそもマンガの非実在の児童キャラクターが保護されるべきなのか、このような問題についての社会的な合意というものはほとんど存在していなかった。今回、漫画の単純所持という行為で、シーモンさんが児童ポルノの違反を言い渡されたことで、判決の是非が大きくクローズアップされた。
 スウェーデンは、「過剰」なまでに表現の自由を尊重する国として知られている。(最初にデンマークで騒動になった後)2007年、スウェーデンの新聞社が、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺絵を、表現の自由という名のもとに掲載して議論となった。風刺絵の掲載の是非は別にするとして、「表現の自由は何によっても萎縮されるべきではない」という雰囲気は社会の中で根付いている。そんな国であるからこそ、児童ポルノを含む漫画を「所有」していたとして罰金刑が課されることには納得がいかない。本当に表現の自由に理解があるのか、と。
 シーモンさんも主張しているように、あくまで漫画、非現実の世界であり、これによって被害を被っている人間はいない。児童ポルノ法が、児童の保護を目的としているのであれば、その保護の矛先は生身の人間に当てるべきだろう。これは東京都が進めている児童ポルノの規制にもいえることだ。漫画における非実在の児童の心配をする前に、まず現実世界において、少年や少女が曝されている実在の写真や動画の取り締まりを強化するべきだろう。
 そもそも、架空世界の漫画の表現を、どこの誰が「教育上に適切か不適切」か判断できるというのだろうか。もしかしたら、誰がどう見ても「有害」として言いようがない漫画が存在するかもしれない。だが、その下劣な作品を規制しようとすることによって、そうでなければ出てきたかもしれない、「素晴らしい」芸術的な作品の萌芽を潰してしまうかもしれない。こういう社会的得失について誰がどのように計算して規制することができるだろうか。今回の判決は、「表現の自由を萎縮させる」ことにならないのだろうか?
 いろいろと考えてみたところ、スウェーデンの場合、特に漫画に関して「生産」する人が少ない、というかほとんどいない。つまり、守るべき「表現」そのものがない。つまり、功利主義の観点からは、社会的な損失は割合に少ないといえるかもしれない。
 シーモン氏は、「判決はおかしい」として不服を申し立て、上級裁判所に上告することにした。現在は、スウェーデンの新聞やテレビのメディア、そして知識人たちの多くが彼を支持してくれているので、次の裁判で、今回の判決がひっくり変える可能性は大いにある。

ぐし Gushi について

Currently working for a Japanese consulting firm providing professional business service. After finishing my graduate course at Uppsala University in Sweden (2013), I worked for the European Parliament in Brussels as a trainee and then continued working at a lobbying firm in Brussels(2015). After that I joined the Japan's Ministry of Foreign Affairs, working in a unit dedicating for the negotiations on EU-Japan's Economic Partnership Agreement (EPA/FTA) (-2018). 現在は民間コンサルティング会社で勤務。スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事した後(-2015年3月)、外務省で日EUのEPA交渉チームで勤務(-2018年3月)。連絡先:gushiken17@hotmail.com
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スウェーデン、児童ポルノの漫画規制 への4件のフィードバック

  1. あやか より:

    こんにちは(..)"
    ご無事に着いたようでなによりです!!
    3日に会えなくて、そのまま会えずじまいになってしまったのでとても残念でした・・・。
    新居も素敵ですし(2枚目の写真、キティちゃんののれんみたいのかかってますか?)、選挙やら今回の記事の裁判やら早速気になることがたくさんですね。
    やはりおぐしさんはアンテナを常にはってらっしゃるから発見が多いのですね。
    これからもブログ楽しみにしています☆

  2. おぐし より:

    あやかちゃん
    無事に着きましたよ。一年間住んでいたのに、再び帰ってきてみると、新しく知らないことばかりで、驚いています。若い人の選挙への関与とか、日本では考えられないようなことがたくさんあります。これからもちょくちょく書いていきますが、また日本に帰ったときにでも、ぜひお会いしましょう!!
    PS。のれんはキティちゃんです。笑。

  3. ささい より:

    こんばんは、初めまして日本の千葉に在住していますささいと申します。
    私もこの記事を読みました。そして非情に悲しい気分になりました。
    日本の漫画文化を頭から否定されたようでショックです。
    非情に猥褻な絵なので、恐縮なのですが、下記の絵は浮世絵の巨匠、葛飾北斎が
    若い頃に描いたいわゆる春画(エロイラスト)です。

    ご存知の通り、北斎と言えば欧米人の選ぶ世界の偉人100傑の中で日本人として最上位に位置する偉大な画家で、ヨーロッパの印象派の画家たちに多大な影響を与えたことで知られています。
    現在の日本の漫画家やイラストレーターが、一方で成人向け漫画やエロ同人誌を描いているように、江戸時代の浮世絵師はほぼ全員といっていいほど、当然のように春画を描いて画力を磨いていました。それも糊口をしのぐため嫌々描いていたわけではなく、女体が好きで喜々として描いていたことは北斎の日記からも伺えます。描いた女性の中には未成年の少女も当然含まれています。
    もし、北斎が現在のスウェーデンのような法律で裁かれていたら、北斎は浮世絵師として姿を消し美術史に残る大傑作である『富岳三十六景』は生まれなかったかも知れません。
    漫画家のちばてつやさんが「文化が興るときにはいろんな種類の花が咲き、地の底で根としてつながっている。根を絶つと文化が滅ぶ」と言っていたのはまさにこの事だと思います。
    スウェーデンの人たちにも、千葉さんの箴言が届くことを願ってやみません。
    乱文失礼しました。これからもブログ拝見させていただきます。では。

  4. おぐし より:

    ささいさん
    コメントありがとうございます。私もおっしゃる通りだと思います。有罪判決は、さすがにやり過ぎだろうと。ただ、この争点には、表現の自由が大きく関わっているので、さすがに次の裁判では無罪になるのではないかと思います。(多くのメディアもシモンさんを擁護していましたし)
    私が思うに、スウェーデン人の規範(norm)には、良い意味でも悪い意味でも、少し極端なところがあります。特にポルノ産業全般に対しては極端に厳しいです。男女平等という女性意識が社会に埋め込まれている(つつある)ので、男が女を性の道具として扱うようなポルノ産業は社会的に良くないという意識が支配的です。しかも、女だけでなく男もそういう意識を共有しています。こういう規範が、今回の有罪判決にも反映したのだと思います。

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