生きることについて

 2009年になってからスウェーデンでの活動範囲が大幅に広がった。当初のプランによれば、①留学の前半はいわゆる勉学に時間を費やし、②後半は少し上達した英語で、そこでしか聞くことのできない「声」を聞くというものだったから、順調といえば順調かもしれない。(といっても、まだネイティブの早い英語は聞き取れないし、上手く話せない。スウェーデン語に関しては日常会話も厳しい状態だ)。
 It seemed to me that I got to know a lot of friends here in Sweden since 2009. My plan was that ① during first part of my stay, I concentrate on university course as much as possible. ② at the last part, I go out a lot and talk to people whom I can only meet here in Sweden. I think so far so good, though I still had difficulity of understanding what native English speaker say and speaking in English what I really want to say. Let alone Swedish…
            × × × × × × × ×
 それにしても、出会いというのは、大切だなぁと思う。
 Anyway, I realized again that meeting people was precious.
 こっちに来たときは僕の知り合いは3人だけだった。ほとんどゼロからのスタートだ。それがあっという間に増えていき、友達から友達へ、人の輪がどんどん広がっていく。そこでその瞬間に出会っていなければ、その人を介して出会うことになった人と会うこともなかった。出会った人達にさまざまなことを助けてもらうことで、スウェーデンにおける自分を構築することができている。本当に有難いことである。
 When I came to Sweden, I had only three friends. It started with nothing. But gradually I got to know other friends through friends to friends. My chain of friendship got bigger rapidly at some point. And I could manage to construct my way of life through the variety of help by many people whom I met here.
 この留学を通じて、改めて「生きる力」について考えるようになった。生き(続け)る力というのは、結局のところ、自分を助けてくれる人をどれだけ持っているかに尽きるのではないだろうか。これは、危機の時代においては特に当てはまる。とりあえず無条件に頼ることのできる家族の存在はもちろん、ピンチのときに助けてくれる友達、特にすることがなくて手持ち無沙汰して死にそうなときに、何のためらいもなく電話一本気兼ねなく出来る友達。そういうものこそが必要とされているんじゃないかと感じる。
 I come to think twice about the ability of surviving. How we can survive in the world ultimately depends on how many people who would rather help us. This would be true especially in the time of crisis. Family that you can rely on without condition and the friends that you can call without hegitation when you are bored to death. I think this kind of primitive things need to be constructed.
 昔、ホームレスの人の家(ブルーシート)にお邪魔して話を聞いた。ホームレスの人の中には「”比較的に”元気で楽しく過ごしている」という変わった人達が存在する。彼らが「”比較的に”元気で楽しくホームレス」をできているのは、暖かいブルーハウスを10分で作る技能を身につけているだけではなく、食料を分けてくれるコンビニ、肉屋の店員さんを「友達」として持っていたり、お互いに助け合うことができる他のホームレスの「友達」がいたり、そういうネットワークに包みこまれているからなのだ。
 For example, I was once impressed when I visited the bluesheet house of homeless and talked with them. There were a small number of homeless who could enjoy their lives with relatively ease in bluesheet. And the very fact that they could enjoy their lives with relatively ease was that they had certain type of ability to make their temporary house in 10 minutes and more importantly that they had some friends who offer food to them as well as some homeless friends who help each other. In short, they unconciously constructed network in order to survive.
 高福祉国家のスウェーデンでも、何でもかんでも国に頼ることが見直されつつある。何か問題が起こると「国がなんとかしろ」と叫び出すお客さん気分の国民が増えすぎた。しかしながら、実際問題として、政府はもうこれ以上税金を上げることができない(国民負担率は70%だから)。政府にはできることは限られている。だから、国に頼らずに市民同士のコミュニティーや相互扶助での助け合いが必要だといわれている。
 Here in Sweden, high-level welfare system has been re-considering. People are prone to think that it is government that should do something to get their lives better, for indeed they paid a lot of taxes. However, there is almost no room for swedish government to get revenue through the more taxation. Swedish government had used almost all options in terms of taxation. That is why people started reconsidering the importance of community and the value of helping each other without depending on the state.
 たしかに日本の場合はもう少し国民負担(消費税)を上げて社会保障のレベルを高めることは避けて通れないが、国が何とかしてくれると考えないほうがいい。少子高齢化の進展に加えて世界的不況の現在である。とりあえず自分の周りの助け合いの輪を広げることが必要だろうと思う。(といっても、「困ったときに助けてもらうため」という功利的な意識の下では、残念ながら、「本当に助けてくれる友達」を見つけることはできないだろうけれど)。
 It is true that Japan should construct more solid social security system by increasing the level of taxation. But there is no point of hoping that our government should do something better. We are moving toward the aging society and amid the world crisis. It is important to broaden the chain of our friendship so that they can help you in case of emergency.
(Unfortunately it would be difficult to find real friends who can help you in came of emergency, if you really try to find real frined under such ulititarian aims)

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: スウェーデン(その他), 自分事 パーマリンク

生きることについて への2件のフィードバック

  1. けんじ より:

    お久しぶり。
    先日結婚式に出席する機会があって、結婚挨拶をしてくれた方の言葉で
    『地球は丸いです。お互い向き合っていれば一番近い存在ですが、ひとたび背中を向き合えば最も遠い存在となります。ぜひいつまでもお互いに向き合っていてください』
    といった感じの素晴らしいスピーチがありました。
    今を力強く生き抜くのに必要な事は色々あるだろうけど、なかでも重要なのは、己の利を最優先に求めず、憤らず、謙虚に生きることだと思ったよ。いい意味で出来るだけ自分と周りの人を繋ぐコネクションを、構築しておかないとね 笑

  2. おぐし より:

    けんじさん
    「地球は丸いです。お互い向き合っていれば一番近い存在ですが、ひとたび背中を向き合えば最も遠い存在となります。ぜひいつまでもお互いに向き合っていてください」
    スピーチにぴったりの良い言葉ですね。
    (ずっと向き合っていたら疲れそうですけど。笑)
    結局、一年だけの留学では実体として得られるものはそれほど多くないですが(目に見えない形で身体に染み込むものは多いですが)、人との繋がりだけは後々も続くことになりますからね。できるだけ多くの友人や仲間を作っておきたいと思っています。

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