名前を書いてはいけません

 「こに書いてあるあなたの名前を消してください。」。
 スウェーデン・ポリティックスのテストの解答を終えて、試験官に答案用紙を提出しにいったときのことだ。よく状況がつかめず目を丸くしてポカンとしていると、彼女はイラついたように、ボールペンで僕の名前をグリグリと上から消し始めた。
 「だから解答用紙にはあなたの名前を書いてはいけないのです。こうやってしっかり消してください、あなたの先生が採点をするときに誰が解答したのかわからないように」。顔を上げながら、にらめつけるように彼女は投げかける。
 ここに来てようやく合点がいった。
 配布された解答用紙には、つい無意識のうちに自分の名前と学籍番号を書いてしまった。だが、ここウプサラ大学(の政治行政学の試験)では、答案用紙には自分の名前は記載してはいけない。それはなぜか――先生が学生の名前を見て採点を変えないようにである。
 これはなかなかびっくりの徹底ぶりである。
 「出席番号と名前が書いてあるかちゃんと確認してください」といって試験を終わらせるのが、日本における試験の日常風景だった。名前を書き忘れたら0点だと脅されて育ってきた自分にとって、この名前を書いてはいけないテストは革命的な出来事であった。
     ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
 でも、少し考えてみると、これは当たり前のことではないか、とも思う。
 いくら先生といっても、ただの人である。いつも一番前で熱心に参加している学生の名前を見たら、良い点数を与えたくなるのは人情というものだろう。そういう恣意性をどれだけ排して平等なジャッジができるか――匿名でテストの採点をするというその徹底ぶりは、スウェーデンが大学の学問というものをどれだけ大切にしているかを象徴していといえる。
 スウェーデンでは、大学を卒業したらそれはある種の能力(資格)が備わっていることを示す。法学部を出れば弁護士に、医学部を出れば医者に、教育学部を出れば教師に、ジャーナリズムスクールを出ればジャーナリストに――というように、大学で学位を取得すればある一定の能力が身についているとみなされる。だからこそ、大学はそこで学んだ者がそれだけの能力があると証明できるよう、常にその質を担保していないといけないのである。
 このような実学思想(機能主義・資格主義)は、日本の大学にはない。たとえば、日本における学位はほとんど何の意味ももたないことを考えればよい。
 政治学科を出たからといって政治関連の職にすぐに就けるわけではない。法律学科を出たからといって弁護士になれるわけではない。経済学部を出たから経済のプロなわけでもない。それを学んだからといって、で、何なの? というのが日本の大学のほんとのところである(だから、「何」を学んだかではなく、「どこ(大学名)」で学んだかが未だに大事にされてしまう)。
 スウェーデンの大学では、どの先生が授業を受け持ったとしても同じ内容でなければならない、ということが前提とされている。学ぶべき最低ラインは教授による話し合いによって決められる。日本では、教授が自分の専門分野にひきつけて授業を展開することがほとんどである。だから、たとえば同じ「政治学基礎Ⅱ」の授業を受けたとしても、先生によって読むべき本も学ぶ内容も全く異なってしまう。政治学の学位を持っているといっても、その内実は人によって千差万別なのである。
 大学が現実社会とリンクして動きすぎることは悲しいことであるが、日本の大学がこれまであまりにも社会と乖離しすぎたことは事実だろう。スウェーデンの大学を見ていると、日本のそれがギルド的に閉ざされていて、学生を「教育する」という役割を果たしきれていないように見える。良い意味での実学思想をもう少し注入しないといけないな、と感じる今日この頃である。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
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名前を書いてはいけません への15件のフィードバック

  1. kuro より:

    はじめまして^^
    わたしは今スウェーデンにとても興味があるので、検索をしていたら、ここへたどり着きました^^
    スウェーデンについての色々なことを知ることができて、とても参考になります。
    ありがとうございます。
    これからも、時折読ませていただきます

  2. けんじ より:

    公平かつ私情を一切はさまない判定をする為の、徹底ぶりがすごいね。カリキュラムを終了したことで得られる能力(資格)は、甘々な勉学の上に成り立つものではないんだね。これが本物の教育のあり方かもしれないね。
    なんか勉強やる気でてきた 笑。

  3. わに より:

    はじめまして^^
    以前からひっそりと拝読させていただいていたのですが、
    少し気になったことがあったので質問させていただきます。
    スウェーデンの大学型高等教育の進学率は80%近く、世界でもトップ5に入る高進学率だったと思いますが、その卒業率は40%程度と日本のそれと同程度だったと理解しています。いわゆる「入るのは簡単で出るのは難しい」アメリカ型の大学システムですね。学位が資格主義の様相を帯びている、というぐしけんさんの実感はとても納得できます。
    そこで三点ほど質問があるのですが、、、
    ①アメリカ型の大学教育において、大学中退者はどのような社会的進路を取るのかでしょうか。たとえば、日本では新卒至上主義が貫徹されていますが、スウェーデンでは中退者にも就労の門戸が開かれているのでしょうか。
    ②卒業率が日本と同程度ということは、人口当たりの各学部領域の卒業生の数が日本と同程度だと考えられますが、果たしてそれで本当に学位の資格主義が機能するのかということが疑問になります。日本の法学部生が全員弁護士になるとすれば、その飽和が問題になります。もしかするとスウェーデンの大学の学部ポートフォリオは日本とは相当異なるのでしょうか。
    ③実学主義の大学型高等教育においては、文学部など実学的でない学問の地位が著しく貶められることが考えられますが、スウェーデンでは文学部はどのような位置づけなのでしょうか。
    私も日本の大学教育がいいとは思いませんが、アメリカやスウェーデンの大学教育にも一長一短があると思います。「北欧型」への安易な礼賛は結構疑ってかかってしまう性質なのですが、現場で学んでいらっしゃるぐしけんさんの知見をお教えいただければ、非常に幸いであります。

  4. おぐし より:

    kuroさん
    コメントありがとうございます。
    何かしら、有意義な情報を発信できていれば幸いです。
    スウェーデンにいるといっても、スウェーデン語の能力はぜんぜんで、込み入った専門的な情報は発信できていませんが、自分の生活実感に照らして、特に日本との比較のうえで書いていきたいと思っています。また立ち寄ってくださいませ。
    けんじさん
    まあスウェーデン人も結構遊びまくっていますから、勉学に対する姿勢というと、僕としてもよくわかりません。むしろ「勤勉さ」だけを取り出してみると、日本人は負けていない気がします。
    ただ、大学の教育システムを見たときに、スウェーデンのほうが学んだことが身に付きやすいのだと思います。日本はたくさんの授業を同時並行的にたくさん取って、学期の末に同時並行的に試験をして、短期集中(一夜漬け)で単位がゲットできるため、何も身についていない、ということが多いという印象があります。
    こっちは一つの科目(スウェーデンポリティックス)で4時間の論述の試験です。深く深く切り込んでいくため、自然と体に知識が馴染んでしまいます。まあ、それは人それぞれ好みがあるとは思いますが。

  5. おぐし より:

    わにさん
    コメントありがとうございます。なかなか核心的な質問ですね。
    教育システムについては個人的に興味あるところなので、これから詳しく調べて別途書こうと思っていましたが、今知っている限りのことでお答えしたいと思います。データについては下記のものを参考にしました→http://www.hsv.se/download/18.6923699711a25cb275a80002979/0829R.pdf
    まずスウェーデンの大学進学率は日本よりも高くありません(25~65歳で30%です)。ただ、そもそも、この大学進学率の母体をどこにするのかでその数字は変わってきますので、高い低いを判断するのは難しいところです。スウェーデンの大学はいわゆる「大学生」として4~5年在籍する人と、セメスターだけとか1年だけとかの短期生(多くが資格生)がごちゃまぜに存在していますし。
    また、スウェーデンは高校生の段階で、シンプルにいえば、職業型教育(VOCATIONAL)と高等教育(PREPARATIONAL)に分かれます。前者はそのまま就職するケースが多く、後者はほとんど大学に進学します。
    ただ、前者も、Qualified Vocational Educationというアメリカでいうコミュニティーカレッジ的なものには進むことができますし、もし望むのであれば、KomVuxという成人学校に通って、その後大学に進むことができます。また、スウェーデンには25歳以上で、社会人を4年以上経験した人は、大学に入ることができるシステムがあります。
    つまり、スウェーデンでは、いわゆる高校卒業したての大学生だけでなく、社会人大学生が多いです(大学生のうち、25歳までに入学する人の割合は44%)。大学は「生涯教育」の場として考えられているわけです。
    >日本の法学部生が全員弁護士になるとすれば、その飽和が問題になります。
    たしかにこれはよくわからないところですね。ただ、入学の段階で何かしらの調整がなされるものと思います(それらしきことが書いてあった気がします。もう少し調べてみますね)。
    >実学主義の大学型高等教育においては、文学部など実学的でない学問の地位が著しく貶められることが考えられますが、スウェーデンでは文学部はどのような位置づけなのでしょうか。
    これは確かに調べてみると面白そうです。正直、よくわかりません。ただあくまで僕の印象ですと、文学的なるものは「学問」というより「趣味」のような地位に貶められているような気がしますが。
    いまスウェーデン人の大学生の就職活動について調べているので、それとあわせてまたスウェーデンの大学を報告したいと思います。
    また何かあればいつでも質問くださいませ。

  6. わに より:

    ご丁寧な回答ありがとうございます^^
    私は↓のデータで進学率や卒業率を確認していたのですが、
    http://www.toukei.metro.tokyo.jp/ssihyou/ss07qf0205.pdf
    ぐしけんさんに示していただいたAnnual reportを見る限りでも、進学率は不明ですが、卒業率が全国民の30%程度で、アメリカや日本よりもやや低い印象を受けました。(P.42)
    ただご指摘の通り、セメスター制が導入されていたり、社会人教育が浸透していたりと、単なる学士取得者数では判断できないものが、スウェーデンの大学にはありそうですね。今後日本においても生涯学習の場として大学が機能していくことが期待される(というか私が勝手に期待している)ので、そういった観点でスウェーデンの大学を眺めてみても面白いかもしれません。
    留学レポートこれからも楽しみにしています^^

  7. おぐし より:

    わにさん
    生涯学習はほんとに大事だと思います。そもそも、大人が学ばないのに、子供が学ぶ姿勢を覚えるわけがありませんもんね。笑。
    ちなみに、上では高校は二つに分かれていると書きましたが、去年当たりから高校も職業型と高等教育型の区別がなくなったと友達が言っていました(ちょっと真偽は謎ですが)。高校に入ったあとは自ら選択して科目を選ぶようです。
    ではでは。

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