箱根合宿からの帰還

 9月1日から4日まで、箱根でO石ゼミ合宿だった。
 出発前は、論文の中間発表のことで、ビクビク恐れおののいていたけど、なんとか無事にやり過ごすことができた。なおかつ、論文としての方向性も見えてきたということで、ほっと、ひと安心できた。そのあとは毎晩、飲んで話して遊んで、心おきなく楽しんだのである。
 部屋飲みでは、いつもの通り、恋愛のネタが繰り広げられていた。恋愛市場に参加していない(恋人がいなくて好きな人のいない人)僕は、提供できるネタがまるでないため、いつものように暫定的勝ち組の方々から温かいエールとアドバイスを受けることに専念していた。
 そこから得られた知見は次のとおりだ。
 
 僕が女の子に語られるときには大体、「顔は悪くないけど…何かダメ」というコメントを受けることがわかった。僕は自分がかっこいいなんて毛ほども思っていないが、もし仮に実際にかっこいいもの(+)として考えるとすれば、この「何かダメ」っていうのはつまり、人格あるいは性格に問題がある(-)ということを意味する。つまり、外見はいいけど、内面はダメだから、彼女ができないということだ。(まさに人格否定であり、これほど悲しいことはないのである。とほほ泣)
 そして、その内面の「何か」をさらに掘り下げてみると衝撃的な発言が飛び出してきた。
 「O君って、他人に壁を作っているよね」。
 うへぇー(!)
 これはほんとに衝撃的だった、ほんとに。みんなは信じないかもしれないが、僕は今まで20年間生きてきて、自分が「他人に対して壁を作っている」なんて毛ほども想起したことがなかったからだ。壁を感じるということは、つまり、一緒にいると何かしら息苦しさを感じることと同義である。
 これは大問題である。中学生以来、好印象で会話が弾むキャラクターを目指していた僕なのに、いつから他人に壁を感じさせるようなオトコになったのだろうか。
 もちろん、次のような反論も考えられる。
 彼らとは、一緒にいる時間が長い(仲が良い)。それだけに「何でも話そう」的な空気が、普通の関係性よりも濃密に醸成されていると考えられる。つまり、相手にとっては「けっこう長い時間一緒にいるのに(同じゼミなのに)、あんまり話してくれないじゃない」っていう不満である。
 だがこれは残念ながら不当な非難だと僕は思っている。個人的に内省すると、「話してくれないじゃん」ではなくて、ほんとに「話すネタがない」だけなのである笑。ぼくは本質的に相手の話を聞いているほうが好きな人間であって、自分の話で相手を楽しませるような人間ではないのである。…まあもちろん、この合宿を境に、今後は壁を感じさせないように努力していきたいと思っているが。
 みなさんどうぞよろしく。
 (あと、この合宿で自分は話すのが遅いという事実に気がついた。今後はできるだけ早口で話す努力を進めていきたいと思う。よろしくよろしく)

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: 旅行(全般) パーマリンク

箱根合宿からの帰還 への8件のフィードバック

  1. えふたか より:

    あ、ちょっと分かるw
    自分では話しているつもりなのだけれど、まぁ、いつも訳の分からない話ばかりしている自分が悪いのだが、「Fってあんまり自分のこと話さないよね」って言われるなぁ。
    まぁ、でもぐしけんの言うとおり、話さないんじゃなくて、本当に本当に字義通り話すネタがないだけなんだよね。
    あぁ、悲しき誤解である。

  2. ばく より:

    合宿おつかれ!バーベキューとかコンパとかの話、今度聞かせてくれ。
    早口で喋ったらオグシじゃないって。アイデンティティの喪失につながるから、今までどおりでいいと思うぞw

  3. むっく より:

    ゆっくり喋ったっていいと思うぞー☆

  4. むはむは より:

    おまえはわけがわからないが、壁は作ってないと思うぞw
    グシケンが早口でしゃべられたら、余計わけがわからなくなるぞ。

  5. ちゃんgす より:

    偏見に満ちたちゃんgすの感想では、
    「壁」というよりも、おぐしは意外に他人に対してあまり興味がないないような気がする。
    友達の問題を自分のことのように考えて、頭を悩ませるようなことがあんまりなさそうw。

  6. ぐっしー より:

    >F
    「本当に本当に字義通り話すネタがないだけなんだよね」。
    →そうだと思うんだけど、ネタっていう時点で何か違う気もする。ほんとにペラペラしゃべる人たちは思考よりも口が動いているからね。うーむ。なぞ。
    >ばく
    飲み会では、AWA’S飲んで死んだ笑。
    七回吐いた笑。あほです(^^)
    今度は死ぬまで飲みましょう☆
    >むっく
    「そのままの君でいいよ」という優しい言葉って、実はMの人には効果がないのではと最近思い始めたしだいです笑。Mは「もっと変われよお前」という言明によってのみ、成長できるんじゃないかって。僕は変わります(^^)
    >むはむは
    たぶんむはむはに対して壁はないな。
    断絶はあるけど笑。
    >ちゃんgす
    ちゃんgすの指摘がいちばん的を得ているかもしれない……。
    おれは他人に対して「興味をもっていない」のかも。表面上は興味をもっているかのように接しているけれど、たしかに「友達の問題を自分のことのように考えて、頭を悩ませるようなことがあんまりなさそう」かも。
    考えてみると、これって人間として致命的な欠陥じゃない笑。
    優しさの欠落、想像力の欠如、人間力の欠損。
    そうか。たしかに初対面の人とは興味深く話すし、話を聞くけれど、時間がたつにつれて、なるほどわかった気になっていたのかもしれない。

  7. のぶりん より:

    お久しぶり!!
    いつぞのカンボジアで出逢ったのぶりんこと信田です。
    俺も本質的な意味で他人に興味を持てていない、自分しか愛せていないんじゃないかと思うことが多々あるので、共感を持って記事、コメント見てました。
    自分を変えようとする人間にとって優しい言葉が意味を成さないこともよくわかる
    (あぁでも今の自分を肯定してくれる人ってすごく大切な存在だったりするから難しいところだけど)
    話は変わって今インドにいます。理想の自分作りの為に。
    (内田先生の本を読んでいるので自分探しという概念が意味を成さないのはわかっているつもり^^)
    カンボジアとは桁違いの衝撃でもう毎日トラブル連続。
    そうそうMIXI辞めてブログはじめたんで、少しの関心と心配をお願いします笑。

  8. ぐーしー より:

    >のぶりん
    のぶりんも「自分のことしか関心がない」病か(笑)。
    たしかにそういう風に見られる面がありそう。
    そこらへんは俺が言うのもアレだけど、俺と似ているかもしれない。
    (※「自分のことしか関心がない病」の人間は、誰よりも他人に関心を持っていると自分では思っているにもかかわらず、実は「他人が自分をどう見ているか」という点においてのみ、他人に関心を持っているに過ぎないのである笑。)
    てか、のぶりん、7ヶ月も海外放浪なんて、
    やっぱり「おちゃめ」過ぎるぞ(^^)。
    のぶりんが、カンボジアの現地学校で、おちゃめに折り紙折っていたことを思い出すわ。うん、うん。
    今回も、是非ともズタズタでボロボロになって(生きて)帰ってきてね。
    (というか、ブログを拝見する限りで、すでにボロボロな気がするけど笑)。
    陰ながら応援してます☆

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