さよなら、ふぉる亭

 「そういえば、あの何とかという、レストラン、潰れちゃったみたいね」
 昨日、母親が何気なく言った一言。その声の響きは、どこか寂しく、どこか虚しかった。一ヶ月前から営業していなかった。まさか、とは思っていたが、実際になくなると、寂しい気持ちになった。
 地元の駅から徒歩2分のところにある、その洋風のレストランは、今も赤い看板を掲げたままだ。看板は、全体の色が禿げ始め、字がボンヤリ霞んでいる。すぐ横の細い階段を上がると、入り口ドアに、「長い間お世話になりました。都合により閉店します」と記された文章。それ以上でもそれ以下でもない。ただ、「事実」がそのまま記されていただけだった…。
 中学1年生のとき、千葉に引っ越してきた。その千葉での初日、家具やダンボールを整理したあと、家族4人、そのレストランに夕食を食べに行った。店内は薄暗く、もの静かだった。二階の大きな窓から、新しい町の景色を眺めながら、これからやってくる新たな生活のことを考えた。中学校で友達はできるのか、部活は何に入ろうか、勉強は上手くいくのか―そんなふうに期待と不安でいっぱいになっていると、注文のスパゲティー・ハンバーグが出てきた。特製デミグラスソースの掛かったハンバーグは、一口食べたら忘れられない、まさに絶品の味だった(たぶん)。
 店内には、漫画・「はじめの一歩」があった。全巻制覇するため、暇があればレストランに食べに行った。当時は中学生でお金が無かったので頻繁には来れなかった。それでも月に一回は家族で食べに来たし、親がいないときは、貰ったお金で一人で食べに来た。お昼には、喫茶店として利用して夕方まで漫画を読んだり本を読んだりしていた。ほかの常連のお客も、そこそこ入っていた。そんな軽い雰囲気が好きだった。
 
 だが転機は、突然やってきた。BSE問題が原因だった。米国産の牛肉が手に入らず、豚肉を使わざるを得なくなったのだ。豚は臭みがキツイため、ここのソースとは合わない。何度も何度も工夫を講じたが、どうにもならなかった。そして、味が落ちた結果、客が逃げていった。
 何ヵ月かあと、それに追い討ちをかけるかのごとく、レストランの真下に、牛肉チェーンの店舗が入った。早くて手軽。290円で安くて美味い。この黄色い店に、客をほとんど取られてしまったのだ。実際、高校生になってから僕は、その牛丼屋に足しげく通うことになった。
 洋食屋には行かなくなった。喫茶からも足が遠のいた。気がついたときには、もうそのレストランはなくなっていた。この町にやってきたときの思い出の場所が、また一つ消えた。二階の窓から見下ろした町並みは、当時と、さほど変わってはいない。パチンコ屋があり、ミスドがあり、ビデオ屋がある――。変わったのは、僕が大きくなったことと、レストランがなくなったということだけだ。
 
 ふぉる亭よ、さようなら。そして、僕の過去よ、さようなら。

ぐし について

スウェーデンのウプサラ大学大学院政治行政学修士取得、欧州議会漁業委員会で研修生として勤務後(-2013年3月)、ブリュッセルでEU政策や市場動向などを調査の仕事に従事。2014年11月から慶應大学のEUSI研究員。千葉市まちづくり未来研究員(自転車政策)。NPO Rights副代表理事として若者政策(主に若者参画)の提言や分析を行う。連絡先:gushiken17@hotmail.com
カテゴリー: つぶやき・殴り書き パーマリンク

さよなら、ふぉる亭 への3件のフィードバック

  1. すなっち より:

    えっ、ってかめっちゃ寂しいんだけど…

  2. ぐしけん より:

    >すなっちょ
    ほんと残念極まりない↓。
    つーか俺らも、松屋行き過ぎたしね…(泣)。
    今度店の前に行って、合掌してきて(><)

  3. すなっち より:

    確かに。なくなって初めて知ったね、ふぉる亭の存在のありがたみを笑
    通ったら合掌しとくわ。

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