「うーん、ホームレスって臭くて、汚くて、働く気のない人たちでしょ。そういう人たちはどこかの森の奥に行って寝てればいいじゃない」
ホームレスのイメージについて問われた生徒の一人が無邪気にそう返答した。ちょっと思慮のある大人なら「それは違うよ」と言葉を挟んだかもしれない。でもここではそんな無粋な真似は誰もしない。「へぇー、どうしてそう思うのかな?」教室一杯に広がる10組のグループ机にはそれぞれ、中学生4、5人を囲み込むようにして座る大人の姿があった。「えー、だって俺、むかし何もしてないのに睨まれたことあるし…」大人たちはニヤリとしながら続ける。「なるほど、でもホームレスの中には、自分から働きたいと思っても、年齢や怪我とか、何か問題があって、仕方がなしになっちゃった人もいるんじゃないかな。そういう人についてはどう思うー?」「うー、うーん…」頷きながら下を向いて考え込む生徒。周りを見回してみると、各班とも議論がヒートアップしてきたようだ。生徒の顔つきが変わっていくのが見て取れる。「さあ、みなさん、想像力を働かしてください」。教室に藤原校長の力の入った声が響いた。「なぜ、ホームレスはホームレスになったのでしょうか。 だらしがないからでしょうか。努力していないからでしょうか。それとも他に訳があるのでしょうか。頭をフル回転させて考えてください」
× × × × × × × × × × × × × ×
1月17日の午前9時20分、東高円寺駅を出て住宅街の奥深くへと分け入ること10分、筆者はついにスーパー公立中学校『杉並区立・和田中学校』に辿りついた。懐かしさを感じさせる下駄箱の前には、来客者用の記帳と名札が置いてある。右隣の職員室前には、多くの報道関係者や教育関係者らしき人たちがすでにスタンバイしていた。名簿を見ながら自分の名前を書いていると、次の瞬間、見知った名前が飛び込んできた。……宮台…真司……首都大東京。…ミヤダイ、あの宮台真司か!!と思って顔を上げると、その宮台氏が奥さんと、赤ん坊を抱きかかえて目の前にいた。「やべー、実物初めて見た!」ミーハー的な興奮が湧き上がる。いつもビデオニュース見てますよ、本読んでいますよと声を掛けようか迷ったが、空気を読んで冷静に押し留めた。そういえば、宮台氏と藤原校長は、「人生の教科書『よのなかのルール』」を共著で書いていて、その本を基盤として出来上がった授業がよのなか科だったと聞いた。『よのなか科』とは、社会の構造や問題を見て聞いて議論することを通じて、正解のない問題に対しても筋道を立てて自分の意見を持つことのできる、考える力を備えた人間を作ろうという骨太な授業のことだ。
× × × × × × × × × × × × × ×
今回の『よのなか科』のテーマは上述したように、「ホームレス問題」。藤原校長は、ホームレスのイメージについてさまざま子供たちに考えさせたあと、実際に今、新宿でホームレスをしているという高橋さんと、ホームレスの支援活動をしている津田さんを教室に招いた。生徒たちは一斉、「おい、ほんとうに本物が来るってよ」と驚きを隠せない。藤原校長は、「社会のゴミといわれるホームレスが新宿のゴミを綺麗にしている例もあります」と紹介。拍手の中、まず入ってきたのは、支援団体の津田さん。彼は新宿の中央公園のホームレスをもう六年にわたって支援し続けている(今は休止)。その主な活動には、連帯のないホームレスを組織し、宿の街の周りをゴミ拾いして回り、そのクリーン運動に参加した人達には、朝の炊き出しを提供するというものだ。
そもそも、津田氏は、新宿ではなく、世界を又に掛ける炊き出し支援家だった。欧米からアジア、あらゆる地で炊き出しを支援、そんな彼が最後にたどり着いたのは、94年の内戦後のルワンダだった。そこでの状況は本当に悲惨だっただろう。人口600万人のうちの100万人が殺され、200万人が避難民として国を捨てて逃げ出したのだから。だが、津田氏はそんな状況だからこそ行かなければと思った。
そうして支援活動を続けているある日、ルワンダの人たちにビデオカメラを向けていると、「おい、俺らを撮ってばかりいないで、日本の映像を見せてくれよ」と頼まれた。彼は、特に意図しないで新宿駅の周辺を撮ってきたが、その何気ないひとコマにダンボールにうずくまっている老人の姿が映った。その映像を見た、ルワンダ人は、「なんだあれは」と驚いて彼に問いただした。そしてそれが誰からも助けられないホームレスだと知ったとき、彼らは激しく怒り彼を罵ったという。「なぜ通行人は、彼を助けないのだ。日本人は、老人を助ける優しさがないのか」と。アフリカには何よりも年寄りを大事にする文化があり、それが当然のことであり当たり前なのだ。津田さんは彼らに「お前は、ルワンダにいる場合ではない。早く日本に帰れ」と言われた。こうして彼は、まずは、日本のホームレスを支援することを決めたのだ―。
(支援団体の津田さんとホームレスの高橋さん)
(ルール主義と共生主義について語る宮台氏)
中学生にとっては今まで聞いたこともない、そして考えたこともない世界の話に違いない。それでも彼らの脳みそは容量を超えて開かれ、さらなる細胞分裂を起こして増殖していることだろう。彼らの表情を見ればわかる。「こんな人たちがいたんだ」と好奇心に満ち溢れている顔を―。そして、盛大な拍手の中、ついに現役ホームレスの高橋さんが教室に登場した。生徒たちを前に恥ずかしそうに現れた高橋さんは、藤原校長の巧みな話術に引きずられるようにポツリポツリと言葉を紡ぎだしていく。マグロ漁船に乗り込んでいた元猟師。結婚をしていたが40代のときに事情によって転落。そこから始まるホームレス生活…。そして最近の、食べ物の確保の困難、法律の厳格化、東京オリンピックに伴う排除の高まりなどを指摘した。(……省略)。そうして終盤、彼は、中学生を前にして話をすることに感極まってしまい、涙を流してしまった。
『汚い、くさい、だめ人間』というイメージが支配的だっただろうホームレスが、目の前で話しをして、泣いている―。このことの意味は内容云々ではなく、果てしなく大きいだろう。高橋さんが退場したあと、藤原校長が最後にまとめた。「今回、彼らに教室に来てもらったのは、ホームレスというのを総称として理解して欲しくなかったからです。ホームレスだからこういうイメージというパターン認識に陥って欲しくありません。彼らはホームレスではなく、固有名であり一人の人格なんです。一人の高橋さんであり、一人の津田さんであり、一人の佐藤さんなんです。それを是非、覚えておいてください」。
②へ続く(ちなみに次のよのなか科は1月31日だそうです)。
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メタ情報
おっす!リンクたどってきました!!
前からこのブログはちょくちょく見てるんだけど、
おぐしさんさすがですね!!文章うまいね!!
読み応えあるし、面白い☆
今回のもフムフムという感じで読んでました。
俺メモとかとってないし、写真もとってないからここまで詳細に再現できないわ。。反省。見習わせていただきます。
ご飯一緒に食べればよかったのに!海士ワゴンメンバー紹介したかったし!!
そんなわけでまた来週和田中で!
初コメント★
言葉として間違ってるかもしれないけど、この文章読んで、
なんかあたしすごく興奮しちゃった!
ちょうどホームレスのことについて考えてたら、たまたまぐしけんのブログにも書いてあって。しかもこんなに素晴らしい授業があったなんて・・・
ぐしけんに感謝の気持ちでいっぱいだよ!
あたし、来週授業に行ってくる!
>さとしさん
この授業の存在は知ってはいましたが、見学に行こうと思ったのは、実は、さとしさんがブログに書いていたからです。なのでとっーても感謝してます☆
文章は、時間かかりすぎです。疲れますわ。まだまだです。
あと来週はよのなか科やっていませんよ。次は31日です。(僕はテストがあるから行けないけど)。ちなみに僕はドテラに参加してみたいです。今度、知り合いの方を紹介してください(^^)。
>きのまゆ
初コメさんくす☆ この授業面白かったよー。「排除って何ですか?」って中学生が質問するんだー。もうボク興奮してしまったよぉー(ニヤニヤ)。
次回は戦争と人間だって。今度、お茶しましょっ(暇人です)。
こんにちは
事後報告ですが、以下で紹介させてもらいました
[リセット政府「サード」起動] トピック
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=17590998&comm_id=2018824
慶応の悪口をいったが、学生のなかには、以下のブログのような誠実なひともいる。勝手に引用したが、慶応政治学部ぐしけん氏のレポートは面白い。
—————————
http://gushiken17.tokyobookmark.jp/e20602.html
こんな中学入りたかったなぁ―杉並区和田中学校レポート①
略
——————————
で、彼のブログがいいのは、その後、彼自身が実際に
2007年02月11日
ホームレスになってみよう①
http://gushiken17.tokyobookmark.jp/e21589.html
を実践しちゃうところだ。
———————
70年代のニュージャーナリズムの旗手にトムウルフという奴がいたが、似てるかも。(取材ではなく取材対象に自らをおき、同化させ理解しる報道姿勢で、2ちゃんねるの先駆的存在)
>月光さん
コメント、引用ありがとうございます。
慶應はいい大学ですよ、きっと(笑)
(もちろんただ遊びほけている人たちもいますけど)。
個人的な所感としては、大学の重点的な役割は
やはり理論や体系的思考を身に着ける場ということで
良いんじゃないかと思っています。
実践や現場を見ることは自分で時間のある暇なときに
やればいい。じっさい休みは長いですしね。
ただそれでも、大学はもう少し外に開かれていて
現実と繋がっているような環境作りはあってもいいかなと
いう気はします。現実の問題を見て自分はどうすればいいのか
と考え行動する、そういう機会・教育の提供などなど。
制度に頼るのは自発性の涵養という点で疑問だし甘いと思いますが、
最初のきっかけとして知的好奇心を湧き立てるような
刺激的な授業はもっとあって欲しいと強く思っています。
まぁ僕も偉そうなことは言えないのでこの辺で失礼しますね。